沖縄よ! 群星むりぶし日記

沖縄を、日本を、そして掛け替えのない惑星・地球を愛する者として発信していきます。

坂本龍馬と桂浜の想い出

ブラタモリは好きな番組の一つで毎週欠かさず見るようにしている。昨日は高知を扱っていた。一般の歴史書では知ることのできないような情報を得ることができ、タモリ氏の地質学に対する博識の披瀝もあって、なかなか面白く、自然と興味が湧く良質の番組だ。

北側も南側も山に囲まれた高知市の特異な地形。高知城の近くで生まれた坂本龍馬の家からは山に遮られて太平洋を見ることはできない。にもかかわらず、なぜ龍馬は海に関心を示すようになったのか?

実は、高知城の堀のひとつが鏡川につながり、その流れを追っていくと桂浜へと至る。するとそこはもう太平洋が目の前に存在する、という独特な地形が影響したのではないか、と地元の案内人が説明した。その説の真偽のほどはわからないが、桂浜と聞いて懐かしくなり、15年ほど前のことを思い浮かべた。5歳の娘と妻と三人で、高知に旅行したことがあった。高知行きの安い旅行広告が新聞に載っているのを見て、飛びついたのだ。ずっと気にかかっていた龍馬に、これで会いに行ける、よっしゃ、というわけで家族三人で那覇空港を飛び立ったのである。現地のホテルの人に桂浜に行く手順を教えて貰って、バスに乗り込んだ。少し時間が経つと田舎の風景が延々と続く。沖縄の景色とだいぶ違う。

バスを降りると、多くの土産品店が並んでいる。龍馬像を目指して歩いた。何分くらい歩いただろうか、木立を抜けると、想像していたよりも巨大な、写真で何度も見た龍馬像が颯爽と目の前に立ち現れた。台座が3メートル以上あって、その上に龍馬は立っているので、遥か上を見上げるような姿勢になる。像はき緑色にくすんでいて、高いということもあって顔の細かい表情は読み取れない。

しかし、遥か太平洋の彼方を見つめるその武士の姿は、やはり強く心を打つものがあった。龍馬の胸に去来したものは何だったのだろうか。幕末の激動期を駆け抜けた土佐藩の一下級武士。ペリー提督率いる黒船艦隊の出現は、有史始まって以来の日本の歴史を激しく揺さぶることになる。その時代の激流の中で、龍馬は目覚ましい活躍を見せた。幕末から明治維新に至る時代は、武士道精神を身につけた憂国のもののふ達が雲と湧き出た時代だった。異人に国を取られてたまるか。今の日本人とは明らかに人種の違う日本人がかつてこの国にはいたのだ。

取り留めのないことを、あれこれ想像しながら親子三人で桂浜を散策した。龍馬は桂浜に何度も来たはずである。目の前にあるこの小石を龍馬も踏んだかもしれない。打ち寄せる波に洗われ風雪に耐えて丸みを帯びた、うずらの卵ほどの小石を二つ掴んでポケットにしまった。桂浜の色は黒ずんでいる。沖縄の白い砂浜と対照的だ。土産品店で龍馬名が書かれた徳利をひとつ買った。

高知城にも寄ったが、時間が遅く中には入れないということだった。城郭内の桜が満開で、たくさんの人が花見酒を楽しんでいた。はりまや橋で通りがかりの人にお願いして、親子三人の記念写真を撮って貰った。はりまや橋は想っていたよりも小さな可愛らしい橋だ。惚れた女にかんざしを買ったお坊さんがこの橋を渡ったという。禁断の恋故に当時大変な醜聞になったらしい。ブラタモリでは三人で橋の前でよさこい節を歌っていた。予期せぬサービスに多くの視聴者は喜んだのではないだろうか。

土佐の高知のはりまや橋

坊さん簪買うを見た

よさこいよさこい

さて、ぼくが坂本龍馬に関心を抱くことになった直接のきっかけは、小山ゆう原作の『お〜い竜馬』だった。当時沖縄市古書店をやっていて、仕入れた本の中にこの『お〜い竜馬』全巻が入っていたのだ。読み始めると面白い。自宅に全巻持ち帰り時間をかけて読んだ。あまりにも面白くて、読了後、今度は司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読んで見たい気持ちが強くなってきた。

司馬遼太郎の作品を読むのはこれが初めてである。氏の作品は軽い読み物に違いないと、先入観で敬遠していた節がある。そして先入観は見事に打ち砕かれた。『お〜い竜馬』の何倍も面白い。全巻読み終えた頃には、日本人てなんて凄いんだ、という感激に浸ることになった。それからは熱に浮かされたように司馬遼太郎の作品を読み耽る日々が続いたのである。主要な作品は殆ど読んだと言って良い。

今まで日本史に疎かった自分の知識が司馬遼太郎を読むことで開眼した、といっても少しも大袈裟ではない。氏の作品は日本人であることに誇りと自信をもたせてくれる。また日本の歴史がどれほど奥深く興味深いものであるか、知的興奮を掻き立てるのである。

これから日本史を勉強したいと思っている人にとって、司馬作品は最良の手引書となるに違いない。特に若い人たちにはぜひ読んでもらいたいと思う。

桂浜から持って来た二個の小石は、ずっと大事にしていたのだが、引っ越しのどさくさで一個は紛失してしまった。残りの一個を安倍晋三の眉間に投げつけてやりたいのだが、やめておこう。そんなことをしたら貴重な桂浜の想い出に傷が付く。そんな勿体無いことをしてはダメだ。お坊ちゃん的性格の安倍晋三には、幕末に生きた志士魂などノミの糞ほどもあるまい。