沖縄よ! 群星むりぶし日記

沖縄を、日本を、そして掛け替えのない惑星・地球を愛する者として発信していきます。

勇馬氏に答える

勇馬様。金城武男と申します。Kinbushiの本名です。以後、本名で呼んで頂いて構いません。ネット世界の恐ろしさを考えて、あえて名前を伏せていましたが、勇馬さんに捕まってしまった以上、覚悟を決めるときがきたようです。とは言っても、失うものは何もない身ですから、少し大袈裟な言い方かも知れません。私は、勇馬さんが仰るような教養ある人間ではありません。できるだけ常識的思考から大きく踏み外さないよう、日頃心がけている極めて平凡な一個人です。このような私が、貴方の今回の手厳しいご意見に対して、果たしてまともに答えることができるのか、全く自信はないのですが、できるだけ誠実に私見を述べてみたいと思います。田母神俊雄氏は、真の愛国者です。少しも疑う余地はありません。航空幕僚長の時発表した、いわゆる田母神論文以来、氏の言動に注目してきました。著作も何冊か読み、講演も動画で拝聴しました。さすがに航空幕僚長を務めただけあって、氏の言動に武士道精神を見る思いがしたものです。しかし、チャンネル桜水島総氏の告発により、横領罪で裁判にかけられたのは残念なことでした。横領罪では無罪となりましたが、公職選挙法違反で執行猶予5年の判決が下りて、自由の身となった現在、運動を再開したようです。多分以前と変わらない信念で、行動されることでしょう。私は、田母神氏の主張は正論であるとの立場から、支持する者です。しかし、次のような発言は支持することはできません。
“米軍普天間基地辺野古移転に対する翁長沖縄県知事の対応はどこまでも政府の方針に反対である。これほどまでに日本政府に反対のこぶしを振り上げる理由は何なのか。沖縄県知事は日本の安全保障に責任を持てない。知事は尖閣周辺で無法を働く中国船などについては何の発言もしない。”
田母神氏は、確かに軍事に関しては専門家です。しかし、全知全能の神ではありません。田母神氏の発言には論理の矛盾があり、沖縄に対する無理解があります。「 沖縄県知事は日本の安全保障に責任を持てない。」のであるならば、どうしてその知事が領有権を争って一触即発の危険を孕む尖閣問題で、中国政府を非難できるのでしょうか?知事の一言が事態をさらに悪化させることだって十分に考えられる。一市民ならいくらでも批判できるでしょう。現にネット空間では非難合戦が繰り広げられています。しかし、県民の責任を背負う立場にある県知事に果たしてそんなことが許されるのか、大いに疑問です。尖閣問題は、日本政府と中国政府との安全保障問題そのものではないですか。自衛隊を指揮監督する日本政府が責任を持って対応すべき政府の専権事項です。

仮に翁長知事が中国船の無法ぶりについて発言したとしましょう。それで中国共産党の政策が変わるとでもいうのでしょうか?翁長知事は中国共産党の政策を変えさせるほどの大物政治家でしょうか?是非そうあって欲しいものですが、現実はそうではありません。むしろ中国を名指しで非難すべきは、絶大な権力を有する日本政府ではないですか。
「 米軍普天間基地辺野古移転に対する翁長沖縄県知事の対応はどこまでも政府の方針に反対である。これほどまでに日本政府に反対のこぶしを振り上げる理由は何なのか。」
理由ははっきりしています。多くの県民が辺野古移設に反対だからです。その県民が翁長知事を支持しているからです。我々沖縄県民は、3年前の選挙で36万票対26万票という圧倒的票差で翁長知事を選んだのです。民主主義社会において、この事実は重い。政府は沖縄県民の意思を尊重すべきです。田母神氏の言い方は、まるで政府の方針だから反対しているのだ、のように聞こえるが、政府の正しい方針には賛成し、正しくない方針には反対する。民主主義国家では当たり前のことで、他の自治体も同じではないかと思うのですが、どうでしょうか?不思議なことは、自主防衛論を唱える本土のほとんどの保守論客が沖縄問題に言及する時、米軍駐留容認派に豹変するのです。田母神氏も、憲法改正、自主防衛、核武装論者のはずですが、沖縄のことに言及すると、米軍駐留容認派になるようです。これは一体どう理解すべきなのでしょうか?沖縄と本土の間に横たわるこの深い断層をどう解釈したら良いのでしょうか?本土と沖縄の間に横たわる問題の解決を得るには、この深い断層の存在を認識することから始めなければならないのかも知れません。気の遠くなるよう長い時間が必要になるでしょう。私のような凡人には解答があるのかどうかさえ検討がつきません。
さて、勇馬さんはご自身の抑止論を述べておられますが、その論理はどうも混乱しているようで、私には理解不能だと言わなければなりません。肯定されたものが否定され、そしてその逆も成立するような論理を、どう理解すれば良いのか、戸惑うばかりです。私は、国家防衛の抑止力の上限は核兵器に行き着く、と述べました。しかし、核兵器保有したからと言って、通常兵器は完全に不要であるなどと言った覚えはありません。核兵器の使用まで至らない、局地戦においては通常兵器がモノを言うのは明らかなことです。つまり通常兵器とともに核兵器を所有することで、国の抑止力は保たれるというのが、悲しいかな現代という時代の冷厳なる現実です。結論を急ぎます。嘉手納空軍基地と第7艦隊そして我が自衛隊で我が国の抑止力は当面の間十分である、勿論後方に控える米国の数千発の核兵器も計算に入れてのことである、との私の見解に対して勇馬さんは疑問を呈しておられる。その疑問は沖縄から海兵隊がいなくなって果たしてほんとうに大丈夫なのか、と言うことですが、正解に近い解答を得るためには、もう少し突っ込んだ議論が必要かも知れません。何しろお互い、軍事学に関しては素人ですから、議論が粗野で穴だらけになるのは仕方のないことでしょう。だからといって誰からも責められることはないと思います。
ことのついでに、勇馬さんに推薦したい本があります。『 戦う民意 』というタイトルの本です。著者は沖縄県知事翁長雄志です。きっと勇馬さんの沖縄を見る目が変わると信じます。政治家が書いた本に感動したのは、この本が初めてです。(昨日の当ブログへの勇馬氏のコメントに答える)


お知らせ: 保守も革新も無党派層の人も辺野古へ行こう!No Marine !
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火曜日 午前9時発 オール沖縄那覇の会
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金曜日 午前9時発 平和市民連絡会
土曜日 午前6時発 平和市民連絡会  
午前9時発 島ぐるみ会議
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辺野古闘争は日本の将来を占う歴史的闘争になる

今日の産経ニュースによると、政府は、翁長知事が辺野古の工事差し止め訴訟を提起すれば、翁長氏個人に損害賠償請求を行う検討に入った、という。これが事実なら実に恐ろしいことである。安倍内閣の正体がいよいよ明らかになってきた。強大な権力を持つ政府という組織が、翁長知事だけを標的にして個人攻撃を仕掛けてきたのだ。知事だけを恫喝すれば、なんとか落とせるかもしれない、と政府が考えているとすれば、とんでもないことだ。こんなヤクザな脅しに対して、我々県民は決して怯んではならない。今こそ3年前の知事選挙を思いおこそう。振興予算の増額という餌に飛び付き、公約を破棄して辺野古移設を容認した恥知らずで臆病な仲井真知事に代えて、辺野古新基地はあらゆる手段を使って阻止する、と明言した勇気ある翁長知事を我々県民は36万票対26万票という圧倒的票差で誕生させた。にもかかわらず、安部内閣は県民の意思を尊重するどころか、踏みにじってきた。いったい日本の民主主義はどうなっているのだ?
沖縄では多数派である民意が、政府によって無視される。安部内閣の本質は、民主主義を装う独裁政権である。民主主義を独裁的に利用、行使する危険極まりない政権である。国家防衛に関する安全保障について、真剣な議論が交わされた形跡すらない。安倍内閣の安全保障政策に日本の将来の展望を見ることはできない。米軍従属ありきの臆病で不誠実な政権である。そのような無能な政府の子供じみた脅しに屈してはならない。辺野古における闘争は、日本の民主主義と、安全保障を占う歴史的闘争となる。この闘争に敗北したら、日本の民主主義は限りなく堕落し、日本の真の独立は100年遅れるであろう。民主主義の質を高めるために、全国の良識派の皆さん、辺野古に結集しよう!

 

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軽い鉄砲玉:真子ちゃん

軽い鉄砲玉、我那覇真子が一昨年に続き、ジュネーブ国連人権理事会でスピーチをした。
一昨年は、翁長知事の後を追いかけて行き、知事のスピーチの後、反論スピーチをしたことがあった。その時の彼女の行動力と度胸には驚かされたが、今回は沖縄平和運動センターの山城博治議長に先んじる形で、予定されている山城氏のスピーチの前日に、山城氏を貶めるスピーチをしたと言う。いやはや恐るべき執着心の強い女性である。彼女のこのようなファナティックな性格はどのように形成されたのだろうか、と少し調べてみた。彼女自身が告白しているように、彼女の父親の保守思想教育が強く影響していることは間違いない。父親は我那覇隆裕という人で、チャンネル桜「沖縄の声」のキャスターの一人である。公開された動画を見れば彼の思想の大まかな輪郭を理解することができる。動画を見た限りでは、なかなか立派なことを主張しているように思われた。本土の標準的な保守論客の主張とほとんど変わらない内容である。しかし、何処かおかしい。何かが欠落しているような気がする。それは何か、と考えてみた。すると彼の立ち位置が沖縄ではないのではないか、と疑わしくなった。彼は本土の視点に立って沖縄を見ているのだ。本土の側に立つ保守論客であり、沖縄の大地に足をつけた保守思想家ではない。なぜなら彼の主張の背後には、沖縄が歩んできた歴史が見えてこないからである。
日本の保守思想を踏襲するだけでは、沖縄における真の保守思想家と呼ぶことはできない。なぜなら、保守思想とは何よりも、長い歳月を費やして培われた、その土地の伝統、文化、慣習そして歴史を第一に重んじる筈である。しかし、我那覇氏の主張からそのような姿勢を感じ取ることはできなかった。沖縄の左派を批判するだけで、沖縄がなぜそのような困難な状況に追い込まれたか、何の説明もないのだ。沖縄において、どこまでが保守で、どこまでが革新かを峻別するのはなかなか難しいが、ぼくは翁長知事は本土の保守とは肌合いの異なる沖縄の保守の一人だと考える。知事の発言には沖縄の文化伝統に対する愛情が感じられるからである。公衆の場で、臆することなく、はっきりとウチナーグチで挨拶する姿は、沖縄の文化伝統に対する愛情、自信の表れでもある。その知事の姿勢に多くの県民は共感している筈だ。そして知事自身もはっきり言っている。「私は沖縄の保守です。」と。沖縄の革新はどうか、というとやはり本土の革新系とはその肌合いは大いに違うのではないか、とぼくは思う。
沖縄の革新派は、本土の革新系のようにイデオロギーが前面に出てくるのではなく、日米両政府の理不尽な抑圧に対する抵抗から生じる、止むに止まれぬ土着的自然の感情と見るべきではないだろうか。国会の質疑応答を見れば、その辺の事情が良くわかる。革新も保守も沖縄選出の国会議員は、例外なく沖縄の利益を第一に考えた質問をするのである。そのような光景は、他の国会議員には異様に映るのではないか。沖縄ファーストゆえに、沖縄の革新派は、その内実は沖縄の保守である、と断定したいのだが、果たして暴論になるだろうか?
そういう意味で考えると、我那覇氏は沖縄の保守とは言えない。彼の主張には沖縄に対する愛情がないからだ。沖縄の大地に足のつかない、空中を飛翔する保守思想を述べているに過ぎない。そんな人間が、沖縄を起点にして、主体性のない本土の現状を変えてみせるというのだから、滑稽である。沖縄の歴史を大事にしない沖縄の保守の主張など、本土の保守論客が受け入れるはずがないではないか。受け入れる人がいるとすれば、そんな人間は似非保守に違いない。
ぼくは皇室を敬愛し尊崇する、沖縄では珍しい人間だろうと自負する者だが、皇室の文化が沖縄に入ってきたのは、琉球処分以後のことである。この歴史的事実ひとつとってみても、本土の保守と、沖縄の保守は決定的に違うと、認識するべきだろう。しかし、我那覇氏にはその自覚がないようだ。残念なことに、その軽薄さは、そのまま娘に受け継がれたようである。
真子ちゃんは、素直な性格ゆえに、父親の教えをまっすぐ受け入れて、自らの精神の拠り所にしてしまった。若き彼女を保守運動に駆り立てたのは、父親の教えが強烈だったからに他ならない。しかし、20代の若者に必要なのは、何よりもまず批判的精神を養うことではないだろうか。どんなことでも、鵜呑みにするのではなく、どこか変だと思ったら、解答が出るまで時間をかけてじっくり考える習慣を身につけること。真子ちゃんは今まで、父親の言うことに少しでも疑問を感じることはなかったのだろうか?頭の切れる女性だけに気の毒だ。左翼を批判するだけではなく、広い視点に立って、沖縄の歴史を観察してもらいたい、と希望したいのだが。いづれにしても、理解し難い不思議な親子ではある。

 

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5回目の辺野古・苦しい中の勝利

今日の辺野古は一日中雨が降り続いた。そのため参加者は全員、工事車両ゲート前ではなく、ブルーテントの中に陣取った。奥間氏に続いて、北上田氏が工事の現況と、この先予測される工事の困難性について、専門的見地からの具体的な説明があった。両氏ともに土木建設に関する専門家である。それだけに説得力があるが、果たして両氏が言うように、この先の工事が防衛局の設計ミスで不可能となるのか、素人のぼくには判断できない。しかし、参加者に何らかの希望を与えたのではないだろうか。多くの人が、頷いて拍手したからだ。
さて、この激しい雨の中、果たして機動隊の出動はあるのか、ないのか。テントの中から国道の向こう側のキャンプ・シュワブ基地内で待機している数台の機動隊車両が、フェンス越しに見える。昼食が終わってからだった。機動隊車両がゆっくり時間をかけながら、一台また一台と基地内から出てそのまま去っていったのである。間も無くして、今日は機動隊の出動はないことが確認された。それで、予定より早く14時半に帰ることになった。ところが、砕石を積んだ十数台のダンプカーがこちらに向かっているとの報告が入った。全員急いで土砂降りの中、工事用ゲート前に陣取った。すると確かに、砕石を積んだ十何台かのダンプカーがきて、工事用ゲート手前で停車したのだ。いつもなら、ここで機動隊が来て参加者を排除していくのだが、その機動隊は引き上げていない。十何台かのダンプカーは縦に並んで停車している。その後ろで一般車が長い列を作っている。ダンプカーは帰れコールの間中、我々とダンプカーとのにらみ合いが20分ちかく続いただろうか、ついにダンプの方が根負けして、全車両が我々の前を通過してそのまま去っていった。しかし、これではまだ安心できない。引き返してこないとも限らないからだ。執行部は良い意味で慎重だった。ダンプが完全に引き上げたかどうか、確認が取れるまで待機しよう、ということになった。それから1時間ほど経っただろうか、ダンプが引き返してこないことが最終的に確認された。激しい雨の中、総勢約70名による勝利の歓声が辺野古の空に響いた。帰りのバスに乗り込んだ時は、腕時計の針は16時を指していた。バスの中も勝利の喜びに湧いた。5回目の辺野古は記念すべき日となった。しかし、ダンプの運転手さん達には気の毒なことをしたと思っている。彼らだって生活がかかっている。辺野古の不幸は、ウチナーンチュ同士が争わなければならない不条理にある。
しかし、運転手の皆さん、辺野古米軍海兵隊新基地が完成したら、ウチナーンチュの誇りはズタズタに引き裂かれ、沖縄の未来は閉ざされることを、どうか理解してほしい。我々は好きこのんで反対闘争をしているのではない。我々だって心の内は苦しいのだ。

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引き継がれる志

大田昌秀さんが亡くなられた。10代の若さで沖縄戦の地獄を体験してから、生涯を通して、大田さんは沖縄が永久に平和の島になるように願い、訴え、行動してきた。あえて苦難の道を歩まれたその志を引き継いでいく義務が、我々残されたウチナーンチュにはある。大田さん、安らかにお休みください。そして、沖縄の未来を温かく、お見守りください。

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勇馬氏からのコメント

勇馬氏から、一昨日に続いて、ありがたいコメントを頂いた。全文掲載して、ぼくの考えを述べてみたい。

「 既に西尾日録で初見参したときに傾蓋如故の懐かしい念を覚えましたが、此処で又、沖縄と本土の、殊域同嗜の人を獲た思いです。ネットの有効性を痛感します。話せば分かる相手なら立場の相違を乗り越えて議論を発展させ収斂させ、世論となって拡大し、政治を動かすことにつながりますが、それがネット空間で可能な時代です。あまり時間をかけられない事情があるため短くコメントすることをお許しください。
① 私も軍事の専門家ではないので、果たして沖縄は嘉手納空軍基地と第7艦隊自衛隊だけで守れるのか、辺野古の意義が果たして米軍の御意向のみなのかは判断出来ません。優れて専門的判断が必要と考えます。
② 翁長知事の福建省との深い関係、日本政府を軽んずる言動から直感的に彼のいかがわしさを感じ取りましたが、伝えられる情報を検証していませんので自信はありません。現地でよく観察して頂きたいと思います。もし一県知事が日本政府の頭越しに米国に直接辺野古問題をアピールできるなら、中国の首相に対しても、係争中の領土問題に対してアピールできたのではないでしょうか
③ 私も「一般の中国人は敵でなく、その中には必ず良識派がいる」と思っています。言論抑圧、弾圧、拷問にも拘わらず活動を続ける人々には心から声援を送ります。人民が共産党支配から解放される暁には真の日中友好が実現することが期待されます。
④ 薩摩や佐藤栄作以後の政権が、沖縄に対して差別、非礼や軽視があったとすればそれは担当者個人の人間性の問題で、本土人一般の通弊ではないと信じます。
琉球王国以来の独自な文化と伝統は、私の嘗て倣った唐手を含め、とても大切なもので本土の人間も尊重しています。それは江戸文化や津軽文化、出雲文化などの地方文化と本質的に同じで皆仲間です。
沖縄戦では、本土防衛のためもありましたが、沖縄を防衛するため多くの将兵が本土から駆け付けたことはご存じと思います。特攻機が攻撃する間は島への艦砲射撃が止んでいたとも聞いています。義烈空挺部隊の出撃シーンはユーチューブの動画で見られます。」

勇馬様、誠意に満ちたご感想に感謝します。良い機会ですので、昨日言い足りなかったところを補足させてください。ここ数年来、よく使われる抑止力という言葉の概念ですが、いったいどの程度の軍事力を持てば、他国の侵略を食い止めることができるのか、という問いに対して、納得のいく回答が得られない限り、抑止力という言葉を使ってみたところで、国家防衛の真の解答にはならないと思います。しかし、他国の侵略を食い止める、と言っても、他国の軍事力の規模がどの程度のものか、考慮する必要はあるでしょう。

そこで、検討されるべき最大の問題は、核兵器の存在です。いまの国際情勢を見ると、核兵器保有した国は、どの国からの侵略も食い止められる、という方程式が成立しているようにみえます。カシミール地方をめぐるインドと中国の紛争が、全面戦争に至らないのは、この方程式が機能している証左だと思います。
となると、国家防衛の抑止力の上限は、通常兵器の規模を問わず、核兵器を所有することで達成される、という定理が成立します。愚かな人類は、ついにここまで来たか、と絶望感に打ちひしがれますが、だからといって、国家防衛を考えないわけにもいきません。さて、私は昨日、嘉手納空軍基地と、横須賀の第7艦隊、そして我が自衛隊だけで十分な抑止力になる、と言いました。そして、後方には数千発の米軍の核兵器が控えている、と付け加えました。ここでお気づきだと思いますが、嘉手納空軍基地が存在するだけで、人民解放軍が沖縄侵略を決断できない最大の理由は、嘉手納空軍基地を叩けば、米国との全面戦争の引き金を引くことになることを、中国共産党は認識しているということです。そうであるなら日本としては、これを最大限利用すれば良いのです。在沖米軍の存在を担保にして、米国の核兵器使用の可能性を政治的宣伝として使う。そうすれば米国との全面戦争を覚悟してまで、中国が沖縄を取りにくるとは考えられません。この論理が成り立つと思い、私は、海兵隊不要論を主張したのです。
通常兵器による抑止力ではなく、あくまでも核兵器による抑止力を考えるべきです。通常兵器による抑止力には歯止めがかかりません。際限なき軍拡競争が続くだけです。
北朝鮮が、核兵器保有固執して、一歩も引かないのは、この理屈を知悉しているからで、敵ながらあっぱれというべきでしょう。さて、そこでさらに考えなければならないことは、米国の核の傘を我が国の抑止力として宣伝する以上、米国に対する絶対的信頼は揺るぎないものでなければなりません。しかし、これは大きな危険を伴う賭けとも言えます。 国家間の信頼関係ほど当てにならないものはないからです。日ソ中立条約のソ連による一方的破棄がその良い例です。それによって我々日本人が味わった怨恨の感情は、未だ完全に消え去ったわけではありません。勇馬さんが「 西尾幹二のインターネット日録」で紹介された『 プリンス近衛殺人事件』は今ちょうど半分ほど読了したところですが、スターリン体制がいかに残虐で恐怖に満ちた体制であったか、鬼気迫る描写に胸打たれる思いがします。無論、ソ連と米国は、多くの面で異なる国家です。しかも米国は、世界の模範的な民主主義国家です。しかし、だからと言って、盲目的に信頼して良い訳がありません。米国は自国の国益になると判断したら、日本から軍隊を撤退させるでしょう。米国人は、合理的精神の持ち主です。日本的情緒なる不合理性は彼らには通用しません。そこで、私が言いたいことは、米国の核の傘に頼る抑止論には、それなりのリスクが付随する以上、日本は急ぎその国策を自主防衛路線に転換して、核保有を目指すべきなのです。インドやパキスタンにできて、我が国にできないはずはありません。いづれにせよ、沖縄に海兵隊を置く必然性がないことを強調したくて長々と述べてしまいました。
<もし一県知事が日本政府の頭越しに米国に直接辺野古問題をアピールできるなら、中国の首相に対しても、係争中の領土問題に対してアピールできたのではないでしょうか。>
との勇馬氏の意見に対しては、同意できるところとできないところがあります。知事が米国まで行って辺野古問題を直接訴えるのを評価する基準は、あくまでもそれによって得られる効果があるかないか、だと思います。私は正直のところ、さほど効果があるとは思いません。ですからこの件については否定的です。しかし、尖閣問題を中国の首相に訴えることができたのではないか、となると反論しなければなりません。米国は民主主義国家です。辺野古問題を直接訴えても、賛成反対は別にして、一応言い分を聞く耳は持っています。そしてそのこと自体なんの問題もありません。しかしもし、中国の首相が米国のように知事の訴えを、一応は聞くとしても、その後必ず何らかの方法で、どの程度の規模になるかはわかりませんが、報復の手段を取るはずです。まず考えられるのは、沖縄への観光を完全にストップすること。これは大いにあり得ます。韓国がサードを受け入れた途端、今までの友好関係から一転して、韓国製品の不買運動、韓国への旅行取りやめ等、中国の報復は凄まじいばかりでした。そのような中国の首相に対して、尖閣問題を一県知事が訴えるべきとは、勇馬氏の神経が信じられません。翁長知事は現実的対応をしているのです。共産党独裁国家に対しては、一県知事としては、限られた現実的対応しかできない、と言うほうが正確かもしれません。むしろ尖閣問題で知事を責めるよりも、武力発動の権限を有する政府こそ、その不甲斐なさを責めるべきではありませんか。今尖閣周辺で起きていることは、海上保安庁の公船が地元の漁船を、尖閣諸島に近づけないよう追い払い、領海内に入る中国の公船に対して、警告を発するだけです。一体この現状に対して、翁長知事に責任があるとでも言うのでしょうか?責任が日本政府にあるのは、明白ではないですか。ここまで記述して、少し疲れました。勇馬氏の鋭いご指摘にたじろぎつつも、真摯なご意見に感謝します。


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勇馬氏への返信

勇馬氏から貴重なコメントを頂いた。沖縄が直面する種々の問題に対して、本質的な疑問を提起しておられる。できるだけ誠実に対応したいので氏のコメントを全文掲載させて頂く。

<「ここはアメリカじゃない、日本国の沖縄だ。なぜ独立国の日本に70年以上も外国の軍隊が駐留し続けるのだ。」というのは全くの正論で全面的に賛成です。沖縄だけでなく、私の育った東京の都内にある広大な横田基地も、日本国内の全ての米軍基地も廃して、核武装した日本人自身の国軍で置き換えるべきと私も思いますので、貴兄の辺野古への思いも分からないでもありません。しかし日本は本当に独立国でしょうか?更に、敵を見誤っていませんか?もし「沖縄を愛するだけでなく、日本国をも愛する」ならば、沖縄だけでなく日本全体の危うい国際環境をも斟酌すべきではないでしょうか?現在、日本と沖縄の主敵は米国ではなく中国であり、沖縄独立を唆し奪おうとしているのは中国であり、福建と密接な現知事はその手先ではないでしょうか?現在の日本には残念ながら独りで沖縄を防衛する実力がなく米軍に依存せざるを得ない以上、独立した日本軍による完全防衛体制が整うまでは、米軍を盾にする以外守るすべはなく、辺野古移転反対は本当の敵を利し喜ばせるだけではないでしょうか。反対闘争に中国や韓国の工作員が混じっていませんか?沖縄が中国の支配下に入ればチベットウイグル、モンゴルで起きていることが間違いなく沖縄県民の上に降りかかり、貴兄も逮捕、拷問、虐殺の目に合うでしょう。沖縄主要2紙も直接検証はしていませんが内地で報道される限りでは尖閣に関する報道は八重山日報のみが正しいと思われます。沖縄は観光客として一度訪れただけで実情を知りませんので貴兄の記事は興味深く拝読しています。間違いがあれば訂正ください。>

勇馬様、真摯なコンメントを頂き恐縮しています。貴方の問いかけは、現在進行中の沖縄の問題の核心をつくもので、それに対してできるだけ誠実に、私の考えを述べたいと思います。日本は本当に独立国でしょうか?と言うことですが、独立国であると同時に、軍事の面では米国の従属国だと思います。大東亜戦争に我が国が敗北して以来、米国の我が国に対する姿勢は一貫しています。日本の本格的再軍備を許さない、米軍を駐留させることで、日本列島を米国の最西部の国境線とする、つまり軍事的支配下に置く、等です。無論、これらのことは全て、米国の利益のためです。米軍は日本を防衛する目的で駐留しているのではありません。全ては第一に、米国自身の国益のためです。さて、現在、日本と沖縄の主敵は米国ではなく中国ではないか、と言うことですが、全くその通りだと思います。中国共産党の傍若無人ぶりは許容できるものではありません。私は米国を主敵だと考えたことは一度もありません。政策の変更を訴えているのです。沖縄の基地負担が大きすぎる理不尽な現状をなんとかしてくれ、と訴えているだけです。そのために辺野古の反対闘争に参加しているのです。安全保障の観点からいうと、在沖海兵隊はなんら抑止力になりません。その海兵隊基地が沖縄の米軍基地に占める割合は膨大なものです。嘉手納飛行場を除けば、残りのほとんどが海兵隊基地関連の施設です。その無用な海兵隊基地を撤去してくれと言っているのです。東洋で最大かつ最強を誇る嘉手納空軍基地と、横須賀の第7艦隊、そして我が自衛隊で充分な抑止力になるのではないでしょうか。後方には米国の核兵器数千発が控えています。もしも尖閣戦争が勃発したら、海軍と空軍の戦闘が中心になると思われます。海兵隊の出る幕はありません。戦闘の最中に、小さな無人島に兵隊を送り込むなど、想像もできません。単なる輸送機に過ぎないオスプレイなど、なんの役にも立たない。私は軍事専門家ではないので、知り得た情報を元に、自分の見解を述べているにすぎないことをご理解ください。防衛省の幹部が検討しているであろうシミュレーションを覗くことができれば良いのですが、当然そんなことはできるはずはありません。繰り返しになりますが、沖縄の嘉手納空軍基地と横須賀の第7艦隊、そして自衛隊で我が国の抑止力は十分だと信じます。全面戦争になれば、中国の核兵器と米国の核兵器の撃ち合いになるので、両国ともそれは避けざるを得ないと思いますが、はっきりしたことはなんとも言えません。愚かな人間のやることですから、その可能性を完全に否定することはできないでしょう。米国は日本の敵でも沖縄の敵でもありません。しかし、間違った政策に対しては、たとえ米国であろうとはっきりと物申すべきだと思います。貴方が指摘するように、主敵は中国共産党であることは間違いありません。中国共産党人民解放軍は我々の敵です。少しも臆することなく、そう断言します。しかし、当然のことですが、一般の中国人は敵ではありません。その中には必ず良識派がいるはずですから。翁長知事は中国の手先ではないか、と心配されているようですが、そんなことはありません。似非保守の連中がためにするデマにしか過ぎないと思います。李克強首相と会った時、翁長知事は航空便の増設をお願いしただけで、尖閣の話をしなかった、と言って似非保守の連中は騒ぎますが、少し考えてみて下さい。一県知事が果たして一国の首相に対して、係争中の領土問題に対して問い質すことなどできるものでしょうか?しかも、相手は中国共産党のナンバーツウです。
仮に、翁長知事が勇気を振り絞って、李克強首相に尖閣諸島は歴史的に沖縄県に所属すると発言したとしましょう。現在、沖縄に来ている中国人の観光客は、直ちに総引き上げの処置が取られるでしょう。現在の中国のやり方を見ていると、十分考えられることです。しかし、彼らが落とすお金は、多少なりとも県経済を潤しています。本土各地でも、中国人の観光客が使ってくれるお金で、かつての爆買いはなくなりましたが、多少なりとも地元の経済に貢献しているのではありませんか?大阪の松井知事は、ホテルの客室が不足していると言って、嬉しい悲鳴をあげています。
ところで、現在の尖閣問題は、一触即発の危機的状況を呈しています。いざとなった時、翁長知事に武力発動の権限はありません。尖閣問題は政府が解決すべき政府の専権事項だからです。翁長知事としては、政治家として、沖縄県にとって利益になることを現実的に考えて行動しているに過ぎません。
仮に、翁長知事が中国共産党と手を結び、沖縄独立を画策しているならば、私は、反翁長知事の陣営に加わり、知事を徹底糾弾します。大多数の県民はそんな知事を許すはずがありません。中国共産党の残忍さを考えると、当然のことです。辺野古の反対闘争に中国や韓国の工作員が混在していないか、ということですが、4回現地に行った体験からいうと、彼らの存在はまだ確認していません。工作員としては、そうやすやすと表に出ることはないと思いますが、ただ、次のことだけは断言できます。外国勢力工作員らしきものが、反対闘争の核にいて、反対闘争を指導しているというようなことは、絶対にありません。あくまでも、沖縄人の自発性からくる沖縄人が中心の反対闘争です。沖縄人を軽く見ないでもらいたい。
沖縄主要2紙に比べると、八重山日報の記事の方が真実を伝えているのではないか、ということですが、私はこの3紙を契約購読していないので、気が向く時だけコンビニで買って読むくらいですから、独断的評価になることを、ご了承願います。東京で働いていた頃、日経新聞を5年間、産経新聞を4年間、契約購読していました。両紙とも記事の内容は深く読み応えがありました。特に産経新聞は面白く、隅から隅まで読んでいました。それに比べると、新報もタイムスもちっとも面白くありません。地方紙と全国紙の力量の差のようなものがあるのでしょうか。新聞社の内情に詳しくないので、なんとも言えませんが。八重山日報チャンネル桜「沖縄の声」が盛んに購読を促しています。私の郵便受けにも一部入っていましたが、確か8ページだけだったと思います。こんなに記事の量が少なくては、読者の購買欲は湧かないのでは、といささか心配しています。新報とタイムスの編集方針ですが、確かに偏向しているきらいはあります。しかし、どの新聞もそれぞれ社独自の編集方針を持っているはずで、本土の保守論客が騒ぐほどのものではないと思います。嫌なら購読しなければ良いだけの話です。その点、県民は割と覚めているのではないでしょうか。新報とタイムスの間に八重山日報が参入して来たのは、歓迎すべきでしょう。多くの視点があってしかるべきだし、お互いに切磋琢磨してこそ、読者により良い記事を提供できるのではないでしょうか。八重山日報には是非頑張って欲しいところです。最後に、沖縄の歴史について触れさせて下さい。沖縄独立に関することと、中国と琉球の歴史的関係についてです。
勇馬さんもご存知のように、沖縄は、かつて琉球王国という国際的に認知された独立国家でした。マラッカ海峡まで航海して交易した時期もありました。当時の地図には、台湾を小琉球、沖縄を大琉球と表示されています。そのくらい、当時の琉球人は覇気に富んでいた証だと思われます。中国とは冊封関係にあり、中国との貿易は琉球に莫大な利益をもたらしたようです。また、大国中国の影響は、琉球の文化の隅々にまで及んでいます。しかし、その影響はあくまでも外見にとどまり、琉球人の精神の最深部まで達することはありませんでした。琉球語が日本語の一支流であることは明らかです。伊波普猷がP音考という学説を残していますが、現在使っている沖縄語も、韻の規則的な変化を追えば日本語そのものだということがわかります。この決定的事実があるからこそ、私は祖国は日本だと言って迷わないのです。但し、勇馬さんが日本を祖国と呼ぶのとは、大分ニュアンスが異なることも指摘しなければなりません。廃藩置県で日本国に組み込まれるまで、気が遠くなるほど長期間にわたって、琉球天皇の、あるいは皇室の文化の影響が及ぶことはなかったのです。この断絶こそ、本土人の祖国感と沖縄人の祖国感の決定的な違いを表すものです。さて、ここまでくるとやっと沖縄になぜ独立を唱える人々が存在するのか、朧げながらその土壌が見えて来たと言えるのではないでしょうか。もう少し付け加えさせてください。1609年の島津侵略と260年に及ぶ島津の支配、廃藩置県に於ける琉球処分。歴史を振り返ると、琉球沖縄人の本土人に対する不信感は根強いものがあります。逆に、当時の中国人に対しては、琉球沖縄人は大変な好意を抱いていました。冊封体制とはいえ、中国が直接琉球の政治に口を挟むことはなく、貿易では恩恵を受けています。そして、中国人が琉球人を虐殺したという歴史事例は存在しません。中国と琉球は兄弟のような関係だったと言えるでしょう。この事実は、現在の中国が民主化された時、きっと良い方向に生かされるに違いありません。しかし、中国共産党の支配が続く限りはダメでしょう。さて沖縄独立論ですが、かつて琉球王国であったという誇りがあるとはいえ、日本政府の沖縄に対する姿勢に誠意があれば、独立論が出て来くることはないと思います。島津侵略、琉球処分、米軍占領。そして現在の安倍政権の強引なやり方。これだけの材料が揃えば、沖縄独立を主張してなぜ悪い、となるのです。かつて独立国家であったことも正当性の根拠となります。独立を唱える人たちの心情を、同じ沖縄人として私はよく理解できます。1995年に起きた米兵3人による小学生暴行事件の時、私は東京で働いていたのですが、一時的ではあるが独立論者になりました。あの時の政府の対応は本当にひどかった。しかし、今は独立運動には、彼らの心情は理解できるにしても、反対の立場です。勇馬さんも心配しているように、中国共産党の沖縄侵略に口実を与える危険性があるからです。しかし、中国が民主化されて、その脅威が失せた時、政府の対応が相変わらず我々沖縄人に対して、侮蔑的なものであれば、独立論の声が消えることはないでしょう。それよりも何よりも、自主防衛論を声高に主張し続けることが大事ではないでしょうか。まだまだ論じたいところですが、いくら論じても論じ足りません。とりあえずこれで筆を置くことにします。

お知らせ: 保守も革新も無党派層の人も辺野古へ行こう!No Marine !
月曜日 午前9時発 平和市民連絡会(往復カンパのみ)
火曜日 午前9時発 オール沖縄那覇の会
水曜日 午前6時発 平和市民連絡会  
午前9時発 島ぐるみ会議(往復千円のみ)
木曜日 午前9時発 平和市民連絡会
金曜日 午前9時発 平和市民連絡会
土曜日 午前6時発 平和市民連絡会  
午前9時発 島ぐるみ会議
 (いずれも県庁前広場発)