沖縄よ! でぃぐぬ花日記

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沖縄の敵、又吉(ヒジャイ)「沖縄に内なる民主主義はあるか」批判 10

沖縄の敵、又吉(ヒジャイ)が昨日のブログで「 でっかい広告。でもデモ隊は増えず、東京の女性が頭蓋骨骨折しただけ。」という題名で、相変わらず下手なデマを書いて沖縄人を挑発している。
2日頭蓋骨骨折した女性は、現場で機動隊に排除された男が突き飛ばしたと、又吉(ヒジャイ)は推測で物を言っているが、新基地建設に反対する同じ立場にある人間が、故意に仲間を突き飛ばす筈がない。
機動隊ともみ合っているうちに、男が女性にぶつかったか、機動隊員がぶつかったか、現場にいた人間にしかわからないことだ。はっきりしているのは、反対派と機動隊員がもみ合っているさなかに事故が起きた、という事実だけである。
それをあたかも男が故意に女性を突き倒したかのような物言いは、止めたほうが良い。そして、辺野古新基地建設反対運動参加者は、県民より本土の人間が多いようである、と推測しているが、見て来たようなことを言うな。
ぼくは辺野古に今までに3回参加した。その実際の体験から言うと、参加者は圧倒的に県民が多い。
本土からの参加者は、マイクを握って意見を述べたりして、積極的な姿勢が目立つため、非常に多いように思われるが、そうではない。県民が大多数である。
そして、左翼を批判する他に能のない又吉(ヒジャイ)は、本土からの参加者は日教組系に違いないと批判しているが、それがどうした?
ぼくは共産党社民党も、そしてもちろん自民党も支持しない、無党派層の一人だが、辺野古新基地建設に反対する人間は、左翼だろうが右翼だろうが大歓迎する。本土の人間だろうが、外国人だろうが、そんな事は関係ない。できるだけ世界中の良識派が辺野古へ集まって、理不尽な新基地建設反対に参加してもらいたいと願っている。
辺野古飛行場建設は普天間飛行場を移設するためであって、移設の目的は宜野湾市民の安全を守ることである。新基地をつくっているのではない。>
これは又吉(ヒジャイ)の持論だが、幼稚な論理のすり替えにしか過ぎないのは、県民の多くが知っている。宜野湾市民の安全を守ることが移設の目的なら、オスプレイを分散配備して、直ちに普天間飛行場を閉鎖するべきだ。小川和久氏他多くの軍事評論家がその可能性を指摘してきた。
にもかかわらず、そうしないのは辺野古基地は米軍が以前から計画していた戦略の一つで、日本政府は、その戦略の手のひらで踊らされているに過ぎないからだ。
又吉(ヒジャイ)よ、安っぽいヒューマニズムで嘘を取り繕うなんて悪ふざけは、真面目な県民には通用しないよ。
この男が県民を愚弄するのは、彼の傲慢な性格からきている。辺野古移設を阻止するためには、反対派は国会で過半数議席を獲得しなければ不可能であり< 国民に選ばれた政府の政策を許さないといっても所詮は国民に選ばれていない者たちの愚痴でしかない。>と書いていることからそれがわかる。
彼の主張の意味するところは、政府の政策に反対する人間は愚か者である、と言っているに等しい。つまり、選挙で選ばれた政府には絶対服従せよ、と言っているのだ。なんたる傲慢ぶり、かつ低能であることか。
これは彼の議会制民主主義に対する軽薄な盲目的信仰から来ている。西部邁氏が指摘したように、議会制民主主義なるものが、いかに欠陥に満ちた制度か、又吉(ヒジャイ)は一度も深く考えたことがないようだ。
民主主義の真実は、少数派の意見に耳を傾け、できるだけ尊重し、良いところは取り入れることにある。そうすることで民主主義の質は高まるのであり、多数派の主張が全て正しいとすることが、いかに危険であるか、歴史を振り返るまでもないだろう。
沖縄県民は、三年前の県知事選始め、国政選挙の全てで、辺野古新基地建設反対派を当選させた。いまでも、6割以上の県民が反対している。しかし国会においては圧倒的少数派だ。県内では多数を占めても、全国では少数だからと言う理由だけで、政府の意思を強制することが果たして許されて良いものかどうか、多くの県民は疑問に感じている。
たとえ政府の政策であっても、それが県民にとって理不尽・不条理であれば、政府の姿勢を正すべく、闘うのは人間として当然のことで、多数派の命令に従えと言うのは、民主主義の堕落に他ならないと言うべきだろう。
又吉(ヒジャイ)は自身のブログの指針に、私は民主主義思想家になりたい、と書いている。しかし、彼が唱える民主主義は民主主義的ファシズムと呼ばれてしかるべきだ。
ファシズムと民主主義は状況次第で紙一重になり得るものだ。民主主義が多数派の絶対的正当性を強調する時、人知れずファシズムが誕生する土壌ができる。そのような状況の下で、カリスマ的指導者が現れて、多数派が彼の主張になびいて特定の方向へと社会全体が流れ始めたら、もはや少数派の意見など誰も相手にしなくなる。そして次第に、権力によって片隅に追いやられて、潰されていく。
辺野古新基地建設に関する限り、安倍内閣の姿勢は、まさにこのような状況を作っている。安倍首相がカリスマ的指導者とはちっとも思はないが、本土の多数派が沖縄の多数派を押し潰そうとしている、これが今の状況だ。ネットを見ると、チャンネル桜「沖縄の声」が垂れ流したデマを検証することなく、そのまま信じ込んだ自称保守の評論家たち、彼らの影響を受けた、沖縄の実情を知らない多くのにわか保守層の連中が、沖縄バッシングを展開している。彼らに共通するのは、日本の安全保障を長期的展望に立って、真剣に深く考えたこともなく、ただ左翼を批判することが目的化ていることである。
つまりは、外国の軍隊が日本に駐留したままで良いのか、米軍の海兵隊は本当に我が国の抑止力になるのか、嘉手納空軍基地と第七艦隊だけで十分な抑止力になるのではないか、と言うような議論をまともに闘わしたことがないのだ。結局、彼らは親米保守派としての自らの思想の限界に気づいていないだけだ。
ではなぜ保守でも左翼でもないぼくのような人間が辺野古新基地建設に反対するのか?理由ははっきりしている。一つ、日本に嘗ての敵国米国の軍隊の駐留をこれ以上許してはならない。世界第三位のGDPを誇る大国日本は、真の独立を確立するために自主防衛路線に国策を切り替えるべきである。韓国よりもGDPが少ないロシアでさえ、あの広大な国土を自国の軍隊で守っているのだ。そしてもう一つの理由は、琉球民族としての誇りである。この沖縄は、先祖代々琉球王朝ができる遥か以前から、そこで暮らして来た人々のものである。その狭い沖縄に広大な外国の軍隊をおくこと自体が異常であり、許されるものではない。
誇りを亡くした民族は必ず滅びるのだ。以上の理由から、ぼくは辺野古新基地建設に反対する。決してイデオロギーからではない。ぼくは左翼勢力憲法9条を守る立場には立たない。
自衛隊を国軍に格上げして、自主防衛を国策とすべきだと考える。しかし、イデオロギーがどうあろうと、辺野古新基地建設に反対ならば、たとえ悪魔とでも手を握る。
又吉(ヒジャイ)のように、左翼だけ批判し、在沖米軍を擁護し、政府の政策に盲従する立場とは正反対の立場に立つ。

< 広告とは関係がなく東京から来た定年退職の女性が頭がい骨骨折をやっただけである。>

などとほざくような権力べったりの冷酷な人間が、沖縄を挑発するような欺瞞的言論を続ける限り、徹底的にその思想を打ち砕いてやる。

 お知らせ(保守も革新も日本人なら辺野古へ行こう!NO MARINE !)
月曜日 午前9時発 平和市民連絡会(往復カンパのみ)
火曜日 午前9時発 オール沖縄那覇の会
水曜日 午前6時発 平和市民連絡会  
               午前9時発 島ぐるみ会議(往復千円のみ)
木曜日 午前9時発 平和市民連絡会
金曜日 午前9時発 平和市民連絡会
土曜日 午前6時発 平和市民連絡会  
               午前9時発 島ぐるみ会議
 (いずれも大型バス貸切、県庁前広場発)