キャスト:山縣完治(小林亜星)山縣の妻・里子(加藤治子)静江(八千草薫)
鳶職の頭(森繁久彌)連隊長(梅宮辰夫)他
里子と静江は幼馴染で鳶職の頭は里子の父親。静江は、何故か若い頃から、二回りも歳の離れた頭に惚れていた。その静江に縁談が持ち上がる。相手は軍人。気乗りしない静江は、頭と約束を交わす。何かある時は、頭に引き取ってもらうと。
静江の夫には結婚する前から女がいた。静江は後悔する。耐えきれなくなった時、頭に頼んでその場はなんとか収めてもらったが、そんなことが二度、三度と続いた。そして十八年の歳月が流れ、静江の夫は近衛の連隊長に出世していた。
そんなある歳のお正月。静江は実家に帰っていた。例年のように挨拶に訪れた頭は、静江が帰っていることを知らなかった。静江は、もう夫の元へは戻らない、と頭に告白する。そしてお頭に我が身を引き取ってもらいたいと懇願する。
ある日、静江が頭の家に泊まっていると言う噂を聞いた山縣夫妻は急いで、頭の家に向かう。表玄関の前には軍用のサイドカー付きバイクが止まっている。それを見た山縣夫妻は裏口から入る。玄関にはすでに連隊長が凛々しい軍服姿で直立している。
連隊長:駒井であります。頭、おられますか。
頭 :へぇ〜っ、ひとりおりやすが、(と応えて奥の部屋から出てくると、連隊長をみあげて、あっ、と声をあげる。そして座卓の後ろに正座してから深々とお辞儀をする。)
おいでなさいまし。
連隊長:要件はお分かりと思うが。
頭 :(左後方に軽く振り向いて手を叩く)お客様だよ。
静江 :はいっ。(部屋から出てくる。鳶職の半纏を着ている。頭の左横に座り、両手をついて、連隊長に向かってお辞儀をする。)いらっしゃいませ。
張り詰めた空気が流れる。しばしの間、沈黙。
頭 :お茶入れて差し上げて。(静江は頷いて立ちあがろうとするが)
連隊長:静江、芝居はよせ、帰るんだ。お前がここに泊まったことはなかったことにしよう。頭からも、どうぞ口添えを。
頭 :芝居はよせと仰いましたが、伊達や酔狂で女に鳶の役半纏は着せません。これを着て頭の横に座れるのは、姉さん、つまり、女房だけでございます。
連隊長:ただの間柄ではないという事か。そういうことだな。
頭 :へっ、そう思いなさって結構でござんす。ゆんべ、この人は一晩ここに泊まりました。言い訳は無駄でござんす。
連隊長:そうなのか、静江。
静江 :(連隊長を見上げてハッキリと)はい。
連隊長:静江、お前、帝国軍人の妻であるということを忘れたのか。日本には姦通罪という法律がある。私が告訴をすれば、お前たち二人は刑務所に行かなければならない。(ここで山縣が慌てふためいて、連隊長の前に出てくる)
山縣 :頭は人妻と何できるような人じゃありません。つまりその、この年で(この時、頭が山縣の言葉を遮って)
頭 :完治さん、バカ言っちゃいけませんよ。女だって死ぬまで女なんだ。男だって灰になるまで男なんでござんす。(ここで立ち上がり、座卓の前に来て座り直す)
姦通罪、よろしゅうござんす。まあ、この年になって、そんな色っぽい罪を着せて頂きゃ上等だ。別荘へ行って赤いベベを着せていただきやしょう。(連隊長の顔が一瞬こわばる)
ただその前にひとつだけお伺いしたいことがございますが、あっしゃ無学なもんだからね、なんにもわからねぇ。(悲壮な顔つきで)姦通罪てぇのは女房にあって亭主にはないもんでござんすかな。
連隊長:なにっ?
頭 :二十年、、、二十年、女房につれえ思いさせて、、、。二十年と言や、生まれたばっかりのガキが戦に出ていく歳だ、、、長え長え歳月でした(泣く)、、、なんにも知らなかったお嬢さんが、、、明けていくつになんなさったか、、、そんなことあ聞くだけ野暮だ。(連隊長の顔をまっすぐ見上げて声を落とす)ただ、長かったろうと思いますね。
(沈黙が続く。)
連隊長:(直立姿勢のまま、神妙な顔つきで少しうつむいて)参ったな、、、よく考えてみよう。
(静江はこの言葉を聞いて目を閉じ、頭は連隊長に向かって両手をついて深々とお辞儀をする。それに対して連隊長も一礼する。そしてすぐに踵を返して、そのまま立ち去った。)
* * * * *
以上、ぼくが感動した一場面だけを取り上げたが、全編を通して見応えのある作品だと思う。
森繁久彌、八千草薫、梅宮辰夫そして加藤治子の演技がなんとも素晴らしい。脚本と演出の力量も見逃せない。
向田邦子ドラマシリーズの多くは、インターネットで見ることができるが、そのほとんどが好きで、特に気に入ったものは繰り返し見るようにしている。
中でもとりわけ、岸惠子主演の『蛍の宿』『昭和の命』『あさき夢みし』は面白い。何度繰返し見ても飽きることがない。
関心のある人は是非、御高覧あれ。