沖縄よ! でぃぐぬ花日記

祖国は日本。郷土は沖縄。日本国を愛し、沖縄を愛する者として、発信していきます。

山路来てなにやらゆかしすみれ草

松尾芭蕉の有名すぎるこの句に出会ったのは、確か中学生の頃だったと思う。以来今日まで、ぼくの心を捉えて離れなくなった。単純なことを述べたに過ぎないが、その意味合いと色彩はどれ程歳月が流れようと、ぼくの内部で少しも色褪せることはない。奥州の山道を歩く旅人の目に、ふと触れたすみれ草。芭蕉の他にも、同じ山道を行く旅人は、少なからず居たに違いない。しかし、彼らの頭の中は、種々の用事や心配事で一杯で、すみれ草などに気を取られることなく、急ぎ足で通り過ぎていったことだろう。そして後には、いつものように静寂だけが残った。自然界に人間などいない方が良い。その方がのどかで平和だからだ。人間の邪魔さえ入らなければ、自然と神は一体のままで、理想郷は永遠に維持される。人間は自然を破壊し、自分たちの都合のいいように作り変える。そのほとんどが、自然の理に適わない醜い姿になる。自然界の生き物にとって、人間は理解し難い悪魔だ。ある日、久しぶりに一人の悪魔の足音が聞こえて来た。すみれ草は緊張する。以前来た体格の良い悪魔は、周りの花を全て摘んだ挙句、空中に放り投げて、笑いながらそのまま去っていった。今回現れた悪魔はなにをするか分からない。痩せてみすぼらしい姿の老人。ゆっくりと歩いて来た悪魔は、ふとすみれ草に気づいた。歩みを止めて、優しい眼差しを向ける。

山路来てなにやらゆかしすみれ草

すみれ草は、対峙した老人の穏和な顔に、この句が現れてくるのを感じ取った。この老人は今までの悪魔とは少し様子が違う。心を許しても良さそうだ。すみれ草は急に溌剌として来た。老人の顔の表情が、なお優しくなった。悪魔と天使。この時、すみれ草は理解した。人間には悪魔と天使がいることを。程なく、天使はゆっくりした足取りで、去っていった。すみれ草は嬉しくなって、その後ろ姿を追って、いつまでも、旅人を見ていた。

 

お知らせ: 保守も革新も無党派層の人も辺野古へ行こう!
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新基地ができると、日本の真の独立は200年遅れるぞ!
毎日無料高速バスが出ています:参加費はカンパのみ
月曜日 午前9時発 平和市民連絡会
火曜日 午前9時発 オール沖縄那覇の会
水曜日 午前6時発 平和市民連絡会  
午前9時発 島ぐるみ会議
木曜日 午前9時発 平和市民連絡会
金曜日 午前9時発 平和市民連絡会
土曜日 午前6時発 平和市民連絡会  
午前9時発 島ぐるみ会議
 (いずれも県庁前広場発:受付8時半〜)

うない神:11回目の辺野古

沖縄語で「うない」という語の意味は、姉妹のことである。ぼくには3人の姉がいた。若年の頃、すぐ上の姉とは時々、口喧嘩することがあった。そんな時、母はよく「うない神(がみ)ンディチルアンドー」とぼくを諭したものだ。標準語に訳しにくいが、「姉妹は神様と思いなさい」というほどの意味合いだろうと思う。そう諭されたぼくの心の中で、説明し難い化学変化が起きる感じを覚えたものである。以来、「うない神」という言葉は、ぼくの女性観を方向づける役割を果たしてきたように思われる。ある意味女性は、男性より強い。辺野古へ行くたびに抱く感想である。参加者の3分の2程は女性だ。参加者をリードする役割を負うのも、女性が多い。とにかく辺野古の現場では、ウンザリするほど、女性が活き活きしているのだ。
よく喋り、よく歌い、よく踊る。この事実をどう理解したら良いのだろうか。恐らく、新基地建設に対する生命の危機意識が本能的に働くからではないか。理屈や理論よりも、命の危険を先に感じ取る感性。辺野古に来る女性が逞しく見えるのは、何としても命を守らなければならない、という本能的に強い使命感によるのではないだろうか。彼女たちを観察していると、それ以外の答えは出てきそうにない。この現象は、男性には見られない。男の行動は、どうしても、理論・理屈が感性より先に来る。理論・理屈と感性・不合理はどちらが強いか。夫婦喧嘩を見れば明らかである。大概、感性・不合理に軍配があがる。これで、一件落着。女は強し、そして母はなお強し。天照大御神です。さて、今日の総勢は23名であった。辺野古は初めてという人が、4名いた。素晴らしい。そのうち1人は、本土から来た大学生だった。正直嬉しい。我が国の未来を担う若い人にこそ、辺野古にきてもらいたいと思っていた矢先、やっときてくれた。何ら偏見なく、ありのままの辺野古を見てもらいたい。そして、沖縄の歴史、日本の安全保障について、真剣に勉強してほしい。そして誰にも影響されない、自分だけの結論を見つけてほしいのだ。今日のバスは小型で、定員25名だから、ほぼ満席になった。辺野古のテントには、すでに100名以上の参加者が集まっていた。到着して、わずか30分ほどで、機動隊が動き始めた、との知らせが入り、工事ゲート前の座り込みが始まった。暑い。汗が流れ落ちる。無料サウナだ、と隣の男性と冗談を言い合う。機動隊が来た、と思いきや何と、途中で引き返した、と言うではないか。今日は、宜野湾市コンベンションセンターで14時から大田元知事の県民葬がある。安倍首相も出席するらしい。その警備のため、機動隊が動員されて、辺野古に配備される人員が少ないのだ。それで、数人で来たが、どうすることもできずに基地内に引き返したらしい。これでは、今日の工事車両の搬入はなさそうだ。しかし、油断はできない、ということで16時まで残って様子をみよう、ということになった。テントの中で、昼食をとり、時間が過ぎて行くが、機動隊が動く様子はない。今日の工事車両の搬入はない、と最終決断が下されたのは15時であった。早めの引き上げとなった。我々の不戦勝である。帰りのバスは、比嘉さんの陽気なリードで、終始和やかな雰囲気だった。うない神は強い。


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普天間・辺野古問題の欺瞞に騙されてはならない

昨日、辺野古のキャンプシュワブを人間の鎖で囲む大集会が開催された。参加したい気持ちを抑えて、ぼくは行かなかった。ラミス氏が所属するVFPの訪米カンパを支援するためだ。貧乏のため、あれもこれもというわけにはいかない事情による。今朝の新報に、集会の登壇者が訴えた記事が載っている。その中で、沖縄平和市民連絡会の真喜志好一代表世話人が注目すべき発言をしているので、そのまま転載する。
「1966年に米軍は辺野古サンゴ礁の海を埋めて3千メートルの滑走路を二つ造り、大浦湾に軍港を造る計画を作っていた。97年に米国防総省が作った辺野古基地の基本計画書には、滑走路の向きは66年と同じと書かれている。さらに300台のトラックを止められる場所を造るとあり、それは那覇軍港と同じで、軍港機能を要求している。しかも200年の耐用年数を日本政府に要求している。辺野古に作るのは普天間の代わりの基地ではなく、新しい機能を持った基地だ。本土紙は「代替施設」でなく「新基地」と報道してほしい。普天間飛行場は何もない所にできたのではなく、1945年に沖縄に上陸した米軍が住宅や学校、畑をつぶして造った。それを返せというのはわれわれの当然の権利だ。その代わりをよこせという米軍は居直り強盗だ。造ってあげようという日本政府は共犯者だ。」
もうひとつ、同じ新報の論壇に高田弓子氏が注目すべき見解を寄稿している。その中から抜粋する。「(略)米国の政府監査院(GAO)は4月5日、辺野古に建設予定の滑走路は能力不足だとして、県内に別の滑走路を探すよう米国議会に勧告した。もし、「完全運用能力」が普天間と同等の能力を意味する場合、GAOが指摘する通り辺野古新基地の能力不足は明らかなため、この完全運用能力の取得条件を達成することができなくなる。つまり、仮に沖縄県が緊急時における米軍の那覇空港の使用を認めたとしても、新基地完成後に普天間が返還されないという事態が起こりうるのではないか。(略)日米両政府が誠実であるならば「完全な運用上の能力」を定義し、辺野古の能力不足を完全に解決する条件を定めたはずだ。しかしそうせずに、移設先の変更を可能とする留意事項を盛り込んだのは、辺野古新基地の能力不足を当初から認識していた日米両政府が、沖縄を欺き、辺野古埋め立ての承認を得るために考えた方策だったとしか思えない。」
以上、真喜志氏の発言と、高田氏の見解を見ると、普天間辺野古新基地に関わる日米両政府のスタッフが、いかに老獪な悪知恵を駆使してきたか、目に見えるようである。われわれ県民は、日米両政府の行政スタッフの欺瞞に騙されてはならない。普天間辺野古問題に関わる行政側の秘密事項はこれからも出てくる可能性がある。識者の尽力に期待したい。


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勇馬氏に答える

勇馬様。鳩山元総理を、私は人間として全く信用していません。政治家を辞めて後、普天間移設の失敗を、彼は官僚のせいにしました。曰く、官僚は私のいうことを聞いてくれなかった。そして、岡田外務大臣、北澤防衛大臣、両大臣は私を助けようとしなかった、などと泣き言を言ったのです。これだけでも、政治家には不向きの人間だったことがわかります。己の失敗を他人のせいにする、高学歴のloopyの典型です。多少骨のある男なら、自らの失敗を恥じて、生涯沈黙を押し通すべきでした。そうすれば、彼に対する見方も多少変わったかもしれません。ということで、今後彼がどのような発言をしようと、私がコメントすることはありません。

貴ブログ拝見しました。美しい体裁に思わず見とれてしまいました。いずれ私の方からコメントすることがあるかもしれません。リンク張りは、勿論快諾です。
さて、日本の核武装について一言言わせてください。勇馬氏は次のように述べています。
「八幡氏コメントは言葉足らずで真意不明ですが、もし、「日本は近い将来核武装すべきで、そのため原発も維持しなければならない。しかし核武装が実現するまでの間、日米安保を堅持しつつ、アメリカの核の傘に入らざるをえない。」というなら同意できます」
私はこういう言い方は生ぬるいと思います。多くの保守論客が同じようなことをいうのを、私はうんざりするほど聞かされました。核武装が実現するまで果たして何年かかるのでしょうか?それまではアメリカの核の傘に入らざるをえない、ということはすなわち、現状維持で良いということに他なりません。私の見解は、もう少し過激です。内閣法制局が認めているように、現憲法下で、核武装が可能であるなら、日本は直ちに核武装すべきです。ミサイルの技術はすでに持っているので、核弾頭を自前で開発するか、アメリカから購入するか、方法はいろいろあるでしょうが、政治家にその覚悟と勇気さえあれば、すぐにでも決断できるはずです。我々国民もそのくらいのことは、声を大にして発言すべきではないでしょうか。現在、我が国ほど核兵器を持つ資格のある国は他にありません。なぜなら、我が国は広島と長崎に原爆を投下された世界で唯一の被曝国です。しかるになお現在、核兵器保有する周辺国から脅威を受けているのです。この現実をどう理解するか。人それぞれでしょうが、私は、この現実を見ると、日本こそ核兵器を持つ資格があると断言したい。そして、周辺国の脅しが効かないほどの核兵器を、我が国が保有すれば、その時こそ世界に向かって、真剣に堂々と核兵器削減交渉の主導権を握ることができるのです。少なくともそのためのカードを日本は手にすることができるのです。

 

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10回目の辺野古:久しぶりの米退役軍人

昨日辺野古へ行った。19時前の帰宅で、疲労が激しく冷たいシャワーを浴びた後、軽い夕食をとり、しばらくしてから早い眠りについた。昨日は、総勢18名であった。その中にラミス氏がいた。久しぶりに会うので正直嬉しい。バスの中で軽い挨拶を交わす。そのラミス氏がパンフレットを全員に一枚づつ配り始めた。「訪米カンパのお願い」。カラフルで洗練された美しいパンフレットだ。「平和を求める元軍人の会・琉球沖縄国際支部」会員の一人、奥西眞澄氏が描いたアカバナは見事である。「今年2017年8月9日から12日まで、シカゴでVFP総会が開かれます。この総会に沖縄からダグラス・ラミスさん等3名を派遣します。ハワイや米本国在住の「平和を求める元軍人の会・琉球沖縄国際支部」メンバーもシカゴに集まります。沖縄を「平和の要石」にする第一歩として米国政府に次の要求をします。
普天間飛行場を閉鎖し、撤去すること・辺野古の新基地建設計画を撤回すること・高江の森を自然に戻し、オスプレイを沖縄から撤去すること」そして「旅費、宿泊費など派遣費のカンパ(目標額100万円)をお願いします。」とある。22日(土曜日)開催予定のキャンプシュワブを人間の鎖で囲む大集会に参加する代わりに、ぼくはこのVFPにカンパすることに決めた。さて、伊芸エリアでの10分間の休憩を入れて約1時間半で辺野古に着いた。今日は特別に暑い気がする。国道を挟んで海兵隊基地・キャンプシュワブを囲むフェンスが何処迄も続く。外国の軍隊が駐留するこの場所が我々の郷土か、と考えるとその理不尽さに耐えられない気分になる。ほとんどの参加者はテントの中にいた。100名前後集まっている。今日は6時発の那覇のメンバーもいるはずだ。こんな早い時間から参加するなんて、ただただ恐れ入る。
奥間氏の注目すべき報告があった。彼は、離島間の橋の難工事を手掛けたことのある土木建築のスペシャリストである。彼の説明によると、三重県で作っている巨大ケーソンの仮置き場の造成が、大浦湾の脆弱な地盤のため、事実上不可能であること、それを可能にするためには、設計変更許可が必要になり、翁長知事は当然の事として許可しないだろう、という事であった。種々のデータを分析しつつ、氏独自の経験をもとに下した見解であろう。
事実なら、工事は進行中とはいえ、まだまだ前途多難であり、工事断念に追い込む可能性は高いと見るべきだ。13時ちょっと過ぎ頃に、ゲート前の座り込みが開始された。暑い、と言っても仕方ないのだが、やはり暑い。快晴の太陽は容赦なく我々の上に降りかかって来る。座っているだけで、汗が噴き出し流れていく。ラミス氏はぼくの隣に座った。あまりの暑さに二人とも無言のままである。ラミス氏はじめ数人の人が日傘をさしたが、その効果は思う程ではない。機動隊が来る時間まで、参加者の一人がマイクを手に話しはじめたが、新聞その他にあるような内容で、くだらない。そんなことより、リーダー的立場にある人は、機動隊が来る時間をもっと正確に把握して、座り込む時間を的確に指導してもらいたい。時間が経てば経つほど、参加者の体力の消耗は激しくなるからだ。隣のラミス氏が心配だ。本人は覚悟の上とは言え、高齢で無理できるはずはないし、すべきでもない。
長い時間、うんざりした頃に機動隊がゾロゾロやってきた。いつものように、機動隊は帰れ、のシュプレヒコールの中、一人また一人と排除されていくが、頑強に抵抗する人もいて、車道で寝転んで数名の機動隊員と揉み合いになる。ちょっと危険だな、と思いつつも本当は彼のように頑強に抵抗するべきではないか、と自省する気持ちも起きて、複雑な心境に陥った。「機動隊は帰れ帰れ!」「ここはアメリカじゃないぞ!」「恥ずかしいことをするな!」といつものように大声で叫ぶぼくに感心したのか、ぼくの顔を横から見上げたラミス氏が、「スミマセン、私は無理できないので立ち上がります」と子供のような表情でぼくに言った。「無理しないでください」と返答して軽く肩を叩いたが、妙な気分であった。両脇を二人の隊員に抱えられた。左脇を抱える抱え方が正常ではないので、痛いぞ、と注意したが、その隊員の態度は横柄で無視された。そのまま二人の隊員に歩道の一角に運ばれた。距離がもっと長ければ、おそらく左腕の痛みは耐えられなかっただろう。今日の隊員たちは先週より荒っぽくなっている。彼らの扱い方に反発する参加者は、普段に比べて非常に多いような気がした。我々は非暴力で立ち向かわなければならないので、悔しいが仕方がない。我慢するしかないのだが、参加を諦めるわけにはいかない。むしろ参加者を増やすことをもっと真剣に考え、企画工夫して、実行することだ。ぼく自身、辺野古への参加を呼びかけるポスターを独自に作成して、電柱に貼り付ける作業を始めたところだ。勿論、誰かから支持されたわけでもなく、全くの独自アイデアであり、自己責任の範囲内においてである。このポスター作りのためだけに、ラミネート機も購入した。機動隊との攻防が一段落した頃、右翼の宣伝車が「君が代」をボリュームいっぱい流しながら、やって来た。マイクで挑発的な言葉を吐きながらUターンして去って行った。任侠道のかけらもない、情けない連中だ。彼らの精神はあまりにも子供っぽい。まともに向き合わず、完全無視するに限る。全員テントで休憩することになった。その時、愛知県からきたという女性の話が印象に残っている。彼女は、昔、隣県の岐阜にあった米軍基地が、米兵による事件・事故が原因で地元住民の反対運動が起き、それで同県の米軍基地が沖縄に移された経過を話した。そして、今の沖縄の基地過重負担の責任を感じて、辺野古にきて反対運動に参加している、と言った。以前も何度か来たが、9月にまた来る予定です、と付け加えた。本土の人間がこのように話すのを聞くと、さすがに胸が熱くなるのを感じる。心の中で、「ありがとう」と呟く。15時45分頃には多くの参加者が引き上げる中、我々那覇組は、もう少し残って頑張ろう、ということになった。18名のメンバーだけで、工事車両ゲートの方へ歩き始めた。ラミス氏が折りたたみの簡易椅子に腰掛けて、読書している。側のブロックに腰を下ろして、失礼になるかもしれないと気兼ねしつつ、何を読んでいるんですか、と声をかけてみた。手にしているのは、英書だ。「ベトナム戦争について書かれた小説です。」本の半分のところを開いて、「ここまでが小説で、あとは解説です。」と普段の調子で応じた。「著者は誰ですか?」と聞き、勝手に本を触って、表紙を見た。Graham Green?何処かで見た名前だ。ひょっとしてあの本の著者では、と気になった。確か、本棚のどこかに眠っているはずだ。帰ったら確かめてみよう。「面白いですか?ぼくは、英会話は苦手だが、英書を読むのは大好きで、今「War and Peace」を読んでいます。」と言うと、ラミス氏の顔が輝いた。「時間がかかりますね」「まだ4分の一くらいですが、勿論、辞書を引きながらです。」「翻訳されたものよりも、英文の方がいいですか?」「外国の本はできるだけ原書を読むようにしています。辞書の助けを借りながらですが。トルストイの「Anna Karenina」はとても面白かったですね。ドストエフスキーの「Crime and Punishment」も読みました。それからサリンジャーの「the Cacher in the Rye」も非常に面白かった。」と言うと、ラミス氏の顔の表情がますます穏やかになり、まるで好々爺のようだ。彼が並々ならぬ知識人である証拠だ。ぼくとの短い会話は、彼の知的脳細胞を多少なりとも刺激したに違いない。彼の著書『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』は平凡社から出た新書版だが、文明論的考察に富む本で、例えば次のような文章には、深く考えさせられる。
「自分の国を発展させる政策という意味では、日本の明治政府の方が早かった、という意見も成り立つ。しかし、世界に対する政策として使い始めたのはトルーマンが最初です。自分の国ではなく、世界中の相対的に金持ちではない国を「発展させる」。それがアメリカの国策であると言い出した。それには、歴史の中に先例がありません。」(92頁)勿論、ラミス氏はこのアメリカの国策を否定的に捉えている。それに続く文章で、なぜこのような国策が世界にとって災いをもたらすのか、説得力を持って具体的に述べている。興味のある方は、ぜひ一読を推奨したい。さて、少ない人数ではあるが、基地内から出て来るダンプに向かって、反対の意思表示をしてから、帰る支度をした。帰りのバスの中で疲れてはいたが、「久しぶりに来てくれた、尊敬するラミスさんのために一曲歌います」と言って、倍賞千恵子の「あざみの歌」をスマホから流しながら、デュエットの形でぼくも歌った。歌い終わると、ぼくの前の後ろに少し倒した席の隙間から、「ありがとう」と言ってくれた。県庁前広場に着いた時は、18時を過ぎていた。帰宅してから気になった本を調べたら、やはり同じ著者Graham Greenだった。「The Heart of the Matter」20年ほど前、鎌倉の鶴岡八幡宮を訪れた際、その帰りの途中にある古本屋で衝動買いしたものである。2、3頁読んで、そのうちにとほったらかして20年。怠惰な性格は治らないままである。呑気に行こう、呑気に。人生、焦りは禁物だ。


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安倍首相の積極的平和主義はすでに破綻している

3年にわたる民主党政権に対する国民の期待があまりにも大きく外れたため、同政権に代わるものとして、再び自民党政権を望む声が出てきたが、それは必ずしも積極的支持とは言えなかった。少なくとも民主党政権よりはましだろう、という消極的期待にしかすぎなかった。なぜなら、民主党政権に変わる直前まで、国民は自民党政権に飽き飽きしていたからだ。自民党も大したことはないが、それに変わる政治勢力が存在しない以上、そして3年間の野党暮らしで、少しは反省して以前の自民党よりよくなったかもしれない、という淡い期待感があったとすれば、やはり、民主党政権が余りにも情けない姿を国民の前にさらけ出したからに他ならない。何しろ民主党政権の時に起きた尖閣問題で、中国共産党の傍若無人な態度は多くの国民の怒りを買い、それが原因で大量の保守層が誕生した背景がある。
第一次安倍政権が首相の健康問題でわずか一年で幕を下ろした時、安倍晋三の政治生命は終わったはずであった。政界に詳しい評論家によると、野党時代の安倍晋三は経済を猛勉強したという。民主党政権は長く持たない、という読みもあったに違いない。そのための再登板に備えての猛勉強であったのだろう。無様な形で政権を放り投げたことに対するリベンジの気持ちもあったに違いない。そしてその読み通り、再びチャンスが訪れた。党内の熾烈な総裁選を勝ち抜き、続く総選挙で民主党政権を徹底的に非難すると同時に、アベノミクスなる言葉を連発して、その間猛勉強した経済政策を訴えたのである。自民党は総選挙で圧勝し、安倍晋三は再び総理の座をつかんだ。
野党時代の反省で、自民党の体質は変わったかのように思われた。少なくとも、自民党に投票した多くの国民は、そう期待せざるを得なかったはずだ。そうでなければ、この国の政治にもはや救いはない。第2次安倍政権のスタートは順調だった。「積極的平和主義」を掲げて、積極的に世界中を駆け回った。その積極的姿勢に国民は大いに関心を寄せ、期待した。しかし、政治的効果がはっきり現れるには一定の日にちが必要だ。安倍政権の高支持率は、その実績に明確な数字が伴わないにもかかわらず、以外にも長期間続いた。「戦後レジュームからの脱却」「日本を取り戻す」「私の政権で拉致被害者を取り戻す」勇ましい言葉が踊り、国民は半信半疑ながらも安倍首相に期待した。しかし、時が経過するにつれ、期待は蜃気楼に変わり始めた。まず、あれだけ自身たっぷりに宣伝したアベノミクスの失敗である。現時点で消費税を上げれば、経済は落ち込む、という経済の専門家たちの意見を無視して、3%あげて8%にした結果、専門家たちの予想通り、景気は落ち込み、その後なかなか回復しない。それでも経済は順調に回復している、と安倍内閣は強弁するが、実質賃金が上がらない現状を考えると、納得できる人は少ないのではないか。では、肝心の国防に関してはどうか?ぼくは少なくとも国防に関して、安倍首相に少なからず期待していた。安倍首相なら、自主防衛路線に舵を切るだろう、と内心期待していたのは事実である。しかし、実にあっさりと、期待は泡となって弾けてしまった。安倍首相の70年談話が、首相の政治哲学の表明であるならば、私にはこのくらいのことしか言えません、と政治家としての力量の限界を、自ら宣言しているようなものだ。70年談話に関しては、西尾幹二氏が、痛烈に批判した。ぼくは、西尾氏の批判に完全に同意すると同時に、その深い考察に敬意を抱く者の一人だ。安倍首相に対する期待は絶望に変わり、次第に怒りへと変化した。8月15日に靖国に参拝しない首相は、日本国の首相としての資格はない。尖閣諸島の現状は、民主党政権時となんら変わらないどころか、むしろ悪化している。安倍晋三という人間は、総理大臣という巨大な権力を持つ立場にありながら、その地位に見合う勇気を持ち合わせていない。我が国に軍事的有事が発生した時、果たして自衛隊の最高指揮官としての任務を確実に遂行できるのかどうか、大いに疑問である。心ある自衛官の中には、安倍首相の命令で死地に赴くのはどうも、と躊躇する人間がいるとしても少しも不思議ではない。元自衛官がそう述べるのを、ぼくは拝聴したことがある。無理もない。覚悟もなく、勇気もないお坊ちゃんのような総理の命令なんかに誰が喜んで従うものか。安倍首相の国防政策は、歴代政権のそれと寸分違わない。即ち、相も変わらぬ対米従属路線である。その証拠は山ほどある。沖縄県民の大多数が辺野古新基地建設に反対しているにもかかわらず、強引に推し進めているのは、安倍内閣の国防政策が対米従属路線から一歩も踏み出すことができない証拠である。中国の脅威論をいうが、国防を安易にしか認識してこなかった政治的無作為の結果にすぎないことは、もはや隠しようのない事実である。8月15日がやがて来る。安倍首相は靖国神社を参拝しないだろう。いや出来ないだろう。勇気のない日本国の首相なんて、世界の恥さらしだ。直ちに総理の座を明け渡し、政治家を辞めてもらいたい。


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劉暁波は生きている

劉暁波は生きている。肉体は滅んでも、彼が残した言葉は今も生きている。中国共産党が自滅し、中国が民主化される日が来るまで、劉氏の言葉は民衆の中に生き続け、多くの人々に影響を与え続けるだろう。人間が人間である根本は、人間は自由である、ということに尽きる。劉氏が求めた民主化は、人間が人間であるための最低限の条件である自由の保障であり、当然すぎる要求だった。にもかかわらず、中国共産党は彼を弾圧し、投獄して時間をかけて殺してしまった。一体、中国共産党は何を恐れたのだろうか?なんの武器も持たない、非力な一個人にしか過ぎない男の何を恐れたのだろうか?間違いなく彼の言葉だ。民主化を求める彼の言葉は、独裁政権の正体を暴露し、その基盤を揺るがすほど強力な武器となった。その武器が中国各地で炸裂し始めたら、営々と築き上げてきた自分たちの権益を失うことになるかも知れない。それだけは絶対に許すわけにはいかない。中国共産党はそう考えたに違いない。民主化を唱える中国人は、他にも多数いる。問題は、その声の大きさ、民衆に与える影響力の度合いである。それによって抑圧の加減に違いが生じる。劉暁波氏は、天安門事件のリーダーの一人であり、非暴力で基本的人権を求める行動が評価されて、ノーベル平和賞が、獄中において授与された。劉氏は今や世界的に注目される人物になった。彼を野に放てば、大衆の民主化運動に火がつき、一党独裁が崩壊する。彼だけは生かすわけにはいかない。直ちに消したいが、そうすれば国際的非難が湧き起こり、まずいことになる。時間をかけて、徐々に弱らせて自然死に見せかけてやれ。傲慢で自分勝手な独裁政権がよく使う常套手段だ。我々は、かつてソ連共産党が同じように人間を単なる物として扱い、その自由を抑圧し、罪なき無数の人間を虐殺した歴史を知っている。共産党一党独裁政権は、人類の敵である。彼らは、人間の自由性を、原則として認めない。認めたら、彼らの独裁基盤が崩れるからだ。その思想は一方的片務的であるがゆえに、残虐の限りを尽くして、反省することがない。サルトルは『存在と無』の第2巻で、他者の存在とはどんなものか、哲学的次元で緻密に解明した。私が自由であるのと同様、他者も自由である。私が他者の自由を乗り越えるのと同じように、他者もまた私の自由を乗り越える。このように他者との関係は、そのお互いの自由性において、抜き差しならないものとなる。「私の意識は他者の意識の死を求める」とヘーゲルは言った。相手が意識のない石ころなら、投げ捨てようが打ち砕こうが、私の自由だ。だが、意識を持つ人間だと、そうはいかない。お互いの自由を認めないならば、社会が成立しなくなる。たとえ抜き差しならぬ関係でも、お互いの自由を認める他に、人間が生きる道はない。この認識こそ、民主性を保障する根本である。だが、共産党一党独裁政権は違う。人間の自由を原則認めない権力にとって、民主性は敵である。ゆえに、人間存在の本来のあり方を否定する共産党一党独裁政権は人類の敵であり、打倒しなければならない。劉氏と同じように、民主化を求める中国人はたくさんいる。我々は出来るだけ彼らと連携し、1日も早く中国が民主化されるよう働きかけるべきだ。


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