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沖縄よ! でぃぐぬ花日記

祖国は日本。郷土は沖縄。日本国を愛し、沖縄を愛する者として、発信していきます。

「屈辱の日」と「昭和の日」

沖縄では、昨日は「屈辱の日」であり、奇しくも今日は、昭和天皇の誕生日をお祝いする「昭和の日」である。このふつかだけで、沖縄の歴史の縮図を見る思いがする。
この大きすぎる落差を、どう認識し乗り越えていけるか、困難ではあるが、地道に認識を深めて行くほかに道はないだろう、と思う。
戦後、昭和天皇は沖縄に行ける日を、ずっと気にされていたという。しかし、現天皇であられる今上陛下は、何度も沖縄に来られている。そのお姿を見て、昭和天皇は笑みを浮かべているに違いない。
「屈辱の日」と「昭和の日」。ぼくは、これが両立可能な対立事項として捉えたくない。「屈辱の日」は純粋に政治の問題であり、政府が関与すべき問題である。
明治政府による琉球処分以来、沖縄と政府は様々な問題で対立してきた。それは、沖縄が嘗て琉球王国という小国ながらも立派な独立国家であった事実、独自の歴史・文化を持ち、それを誇りに思う沖縄の人々に対して、その独自性を理解尊重しようとしない歴代政府の大国意識的対応が主な原因である、と言える。
その対立は今も続いている。辺野古米軍基地建設問題は、ますます先鋭化する一方である。あいも変わらず、沖縄の独自性を理解尊重しようとしない政府の姿勢が問われているのだ。
今日の「昭和の日」を、ぼくは心から祝いたいし、全県民がそうなるように、願ってもいる。そして、皇室を中心とする我が日本国の国体が永遠に続くことを、心から祈願する。

光り輝く皇室と思慮浅き安倍内閣

今朝の沖縄タイムスの社説は、4月28日が沖縄にとってどのような意味を持つか論説している。核心を述べていると思われるので、全文を掲載する。

《 沖縄で「4・28」(ヨン・ニーハチ、ヨン・テン・ニーハチ)といえば、サンフランシスコ講和条約が発効した「4月28日」のことを指す。
65年前の1952年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効し、敗戦国日本は独立を回復した。全国各地で祝賀会が開かれ、学校では校長の音頭で児童生徒が新生日本を祝って万歳を三唱したという。
沖縄の人々が「4・28」を心に刻むのは、本土の人々がそうするのとはまったく逆の理由からだ。
講和条約第3条によって沖縄は日本から分離され、すべての統治権が米国にゆだねられた。鳩山一郎首相でさえ、国会で「沖縄はアメリカの信託統治領なので…」と失言するような世界でも例のない極めて特異な統治形態だった。
沖縄を「制約のない基地」として確保するためである。56年6月に発表されたプライス勧告は指摘する。「ここではわれわれが原子兵器を貯蔵または使用する権利に対して何ら外国政府のせいちゅうを受けることはない」
占領初期、米軍は「みずからの必要とする土地を『立ち退き命令書』一枚のみで自由に取得することができ、しかもそれを無償で使用していた」(平良好利『戦後沖縄と米軍基地』)。
講和後の53年4月、布令第109号「土地収用令」が公布され、県内各地で強制接収が始まる。「太平洋の要石」と形容される巨大な基地群が形成され、戦前の農村社会とは似ても似つかない基地社会が出現した。
戦後日本の方向を定め、沖縄の将来を決定づける歴史的な講和条約であるにもかかわらず、沖縄の人々は自らの意思を国会の場で明らかにすることができなかった。
戦後、軍事占領下にあった沖縄住民の選挙権が停止され、条約を批准する国会に沖縄選出の議員がいなかったからだ。
50年の群島知事選によって沖縄住民は、まがりなりにも選挙で選ばれた首長を持つことができたが、52年4月に琉球政府が発足したため、群島政府の時代はわずか1年半しか続かなかった。
琉球政府行政主席(現在の知事)の公選が実現したのは、68年11月のことである。
自治・自立・自己決定権という言葉が沖縄において極めて重い響きを持つのは、72年に施政権が返還されたあともそれが実現されていないからである。
日本政府は戦後一貫して沖縄に米軍基地を置くことに安全保障上の利益を見いだし、基地維持を優先させてきた。
「米軍基地を国内に置くことから生じる政治問題を避けることができるという理由から」『ケイセン調査団報告書』である。
2013年4月28日、「4・28」のその日、政府は沖縄県民の強い反発を押し切って「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」を強行した。
県外からも批判が相次いだため、その後、政府主催の記念式典は開かれていないが、沖縄への無理解がここにも表れている。》

安倍晋三氏が総理に就任して以来、ぼくはずっと彼の政治姿勢に疑問を抱き続けている。深い思慮が欠落しているように感じられるのである。2013年4月28日、「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」の様子をテレビで見たが、天皇陛下の表情は終始こわばっているように思われた。式が終わり、天皇皇后両陛下がご退席する際、出席者全員が「天皇陛下万歳!」を三唱した。しかし、陛下の表情はこわばったままで、むしろ少し怒っているようにぼくには見えたのである。

むろん、勝手な推測に過ぎないが、陛下は内心、沖縄のことを気にしておられたのではないだろうか?天皇陛下は、皇太子の時代から何度も沖縄に足を運び、戦没者を慰霊し、遺族の方々に声をかけられた。

陛下は、沖縄の歴史・文化について、おそらく国会議員の誰よりも深い知識を持っておられる。琉歌をお読みになられることからもそれは察しられるが、唯々、恐れ入るばかりである。

そのような陛下の真摯なお姿に、多くの県民は心打たれ、心の傷は癒されたのではないだろうか。少なくとも、皇室に対する県民の意識が大きく変化したのは確かである。陛下は、政治的発言はなさらないので、その胸の内は知る由もないが、やはり、「記念する式典」を快く思われなかったのではないだろうか。

だから、一度だけ開催されて以降、取りやめとなった理由は、陛下の暗黙の拒否にあるに違いない、と思われて仕方ないのだが、どうであろうか。ともあれ、天皇陛下の偉大さと、安倍内閣の軽薄さが浮かび上がった式典開催であった、と言えるのではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリア空軍の化学兵器使用はまだ確定していない

今日のスプートニク報道から。
ロシア政府は、7日の米軍によるシリア空軍基地の巡航ミサイル攻撃は、国際法違反であり状況を悪化させただけだ、と執拗に米国政府を繰り返し批判している。批判の根拠は、4日に反政府地域イドゥリブ県をシリア空軍が爆撃した際、化学兵器を使用した事実はないにもかかわらず、米国政府はなんの証拠も提示しないままシリア空軍基地に対する報復攻撃をした、と言うもので、従来繰り返してきたのと同じ主張である。これほど執拗に同じ主張を何度も繰り返すのは、よほどの自信がなければできることではない。
仮に、シリア軍に不利な決定的証拠が出てくれば、ロシア政府のメンツは丸潰れとなり、間違いなく国際的信用は失われる。果たしてロシア政府はそれを覚悟の上で発言しているのかどうか気になるところだが、いづれにしても、日本のマスコミは主に欧米諸国の情報を伝える傾向が強いから、真実を知るためには、スプートニクの記事を根気よく閲覧し続ける必要がありそうだ。
ロシア外務省報道官のマリア・ザカロヴァは、大量破壊兵器が存在しないのに、米国政府は、2003年にイラクを攻撃したことも指摘している。この事実は、今や米国政府にとっては決定的な弱点になっているのは確かだ。
Russia’s Foreign Ministry spokeswoman Maria Zakharova has criticized the US missile strike on Syria, saying it was against international law and "brought the situation nowhere."
MOSCOW (Sputnik) — Zakharova condemned the US cruise missile strike on a Syrian airfield as unacceptable, in an interview out Thursday.
"That was something really unacceptable because that was against international law… They brought the situation nowhere," Maria Zakharova told Yahoo Global News.
US warships in the Mediterranean launched 59 cruise missiles at Syria's Sha’irat military airfield on April 7 in response to the alleged chemical weapon use by the government, without providing any evidence.
The spokeswoman also lashed out at Western countries for forcing President Bashar Assad to go, saying "this is not a way out, it is a dead end."
Asked whether she believed President Assad had ordered his air force to use a toxic gas against his own people, Zakharova said there were experts whose job it was to probe such incidents.
"Our decisions should be based on real evidence," she said, warning against repeating the 2003 Iraq scenario when the United States claimed Baghdad had weapons of mass destruction but none was found.
Damascus denied any involvement in the April 4 chemical attack in the Idlib province, and the Syrian army said it did not have chemical weapons as they were destroyed under a 2013 deal, monito

辺野古米軍基地は呪われた基地になる

海は遥かなる古代から、我々ウチナーンチュに豊かな恵みをもたらしてきた。ニライカナイの信仰はウチナーンチュの生活に深く根ざしている。海の彼方にあるニライカナイという理想郷では、我々の先祖霊が守護神となり、沖縄を見守っているという。
ニライカナイの神話に、果てしない海に囲まれた小さな島の人々の、素朴で実直な心の有り様が見て取れる。
我々の先祖は、海を恐れ、敬い、サバニを繰り出して、豊かな海の幸をいただいてきた。大航海時代と呼ばれる十五世紀には、マラッカ海峡まで赴いて交易をしている。
ポルトガル人のトメ・ピレスは『東方諸国記』に次のように記している。「レキオ人(琉球人)は正直な人間で、奴隷を買わない。たとえ全世界と引き換えても、自分たちの同胞を売るようなことはしない。彼らはこのことについては死を賭ける。」
島津の侵略を受ける前の、我々の先祖の勇壮で正直な人柄を、ウチナーンチュは大いに誇って良い。
海は遥かなる古代から、我々ウチナーンチュにとって、魂を安らげる、かけがえのない宝物である。その宝の海に安倍内閣は、米軍基地建設工事を有無を言わさず強行した。
<汚濁防止膜を固定するためのコンクリートブロックが228個投入されたとき、自分の体が傷つけられるような思いを抱いた市民が少なくなかった。>
と、今朝の沖縄タイムスの社説は書いている。ぼくは、脇腹に鋭い刃物を突き刺された痛みを感じている。その痛みはこれから日々、強くなっていくだろう。
<米軍は普天間返還合意の4年前、92年には早くも、MV22オスプレイ配備を前提に、代替施設の必要性を認識していたことが、内部文書で明らかになっている。
日本側からの「普天間返還要請=県内移設」は、米軍にとって渡りに船、だった。普天間のど真ん中にある制約の多い老朽化した基地を、日本政府の予算で、望む場所に移設できるからだ。
日本側は県内移設によって海兵隊を沖縄に引き留めることを追求し続けた。歴代の政権の中でも安倍政権は特に、米国のご機嫌取りに終始し、沖縄には目が向かない。>
同社説からの引用だが、この文章を読むと、かつての橋本総理とモンデール駐日大使との間で返還合意が交わされた時点で既に、日本政府は米政権の手のひらで踊らされていたことが想像できる。そして、この政府の基本的姿勢は、民主党政権で転換されるように思われた時期もあったが、以後ずっと変わることなく継続されてきた。
政権発足時は、保守のホープと期待された安倍内閣であったが、歴代政権同様、アメリカに媚を売るしか能のない、弱者に強く強者に弱い、権力にあぐらをかく連中ばかりで、見るだけで目が爛れそうになる。
海兵隊は沖縄に置く必然性がないことは、安全保障に詳しい多くの識者が指摘しているにもかかわらず、1兆円近い税金を投入して、ピカピカの新しい基地をかつての敵国に提供するとは、いったい安倍内閣の精神状態はどうなっているのだ。
海兵隊は沖縄でなければならない、という議論も根拠がない。新基地建設は、沖縄の犠牲を前提にした公平・公正さを欠いた差別政策というほかない。
政府が工事を強行すれば、この先、沖縄と本土の住民同士の対立が深まり、日米安保体制そのものを不安定にすることになるだろう。(同社説)>
<政府が話し合いを拒否し、強硬姿勢を示し続けるのであれば、県は重大な覚悟をもって、工事差し止めの仮処分や埋め立て承認の撤回など、法的な対抗措置を早急に打ち出すべきである。沖縄側から基地政策の全面的な見直しを具体的に提起するときがきた。(同社説)>
辺野古米軍基地建設を進める理由として、安倍内閣は、普天間基地の危険性除去を言うが、安全保障を真剣に考える人々にとって、それが単なる正当化のためだけの論理のすり替えにしかすぎない嘘話であることは火を見るよりも明らかである。
大多数の県民の意思を無視して、工事を強行する先に見えるのは、ヤマトゥに対するさらなる不信感の増長であり、ついには呪いとなって地下深く潜航し、本物のテロリストが出現する危険性さえある。
安倍内閣はその土壌づくりにひた走ろうとしている。命を賭けて沖縄で戦って散っていった多くの兵の御霊は、今かつての敵国の軍事基地を政府が率先して建設する姿を見て、その精神の堕落ぶりに、ただただ唖然としているに違いない。
断言する。辺野古米軍基地は呪われた基地になる。そして、これを建設した安倍内閣は無能で呪われるべき内閣として、県民の記憶に永久に刻まれるであろう。

 

 

 

 

 

アメリカのポチ、安倍内閣

朝鮮半島が緊迫するさなか、政府は辺野古の護岸工事に着手した。戦後レジームからの脱却を主張する安倍晋三首相の本性がどのようなもか、これでよく分かるが、4年前首相の座についたときから、裏切られっぱなしだから、今更驚くことでもない。
今朝の琉球新報の社説は以下のように書いている。

< 政府は地元漁協が漁業権放棄に同意したことをもって漁業権が消失し、岩礁破砕の更新申請は必要なくなったと主張する。これに対し県は、漁業権は公共財であり知事がその設定を決定するもので、漁業権を一部放棄する変更手続きには、地元漁協の内部決定だけでなく知事の同意が必要だとして、国の岩礁破砕許可の申請義務は消えていないと主張し、双方平行線をたどっている。 仲井真弘多前知事の埋め立て承認書に留意事項が付いている。第1項で「工事の実施設計について事前に県と協議を行うこと」を義務付けている。このため県との協議なしに本体工事を実施できないはずだが、政府は一方的に協議の打ち切りを通告した。 これが「法治国家」といえるだろうか。留意事項に違反した国に対して、知事は埋立承認権者として承認を撤回できるはずだ。 知事選で圧倒的多数の信任を得た辺野古新基地阻止の公約を実現するため、承認撤回のタイミングを逃してはならない。>

県は再度、裁判で争うべきだろう。翁長知事の記者会見を見たが、慎重な言い回しながら、固い決意を感じ取ることができた。最適の時期を見定めて、訴訟に踏み切ると思う。
大事なことは、翁長知事に投票した多くの県民は、気落ちしないで、知事を支え続けることだ。相手は強大な権力を持つ政府だが、国内だけでなく、外国にも沖縄の立場を理解してくれる良心的人々がたくさんいる。
県民の皆さん、辺野古米軍基地建設を断念に追い込むまで、不屈の精神で頑張ろう!

 

勇馬氏からのコメント

昨日に続き、勇馬氏より、次のようなコメントを、今日頂いた。

自衛隊幻想は読んでみたい本です。引用された伊藤氏の言葉は知りませんでした。自衛隊にこれほどの覚悟と自信があるとは嬉しいかぎりです。ご意見に賛同します。」

これは、当ブログの「拉致被害者を今すぐ取り返そう!」という題名の2月20付の文章に対するコメントである。勇馬氏に賛同して頂いて、正直嬉しい。

ぼくはその文章の最後に次のように書いた。「安倍総理に告ぐ、我が自衛隊は覚悟はできている。直ちに特殊部隊を招集して、命令を下してほしい。” 私は諸君とともに命は天に預けた。拉致被害者を救出せよ。現憲法下では超法規的措置であるが、全責任は私がとる。”と言ってもらいたい。多くの国民は総理の決断を支持するであろう。」

 ぼくは冗談のつもりで書いたのではない。キーボードを叩く指は怒りに震えていた。その怒りは今も続いている。拉致被害者の家族の方々が、テレビで救出を訴える姿をみるたびに、政府は何をしているんだ、と遣る瀬無い気持ちにさせられるだけで、貴重な時間だけが失われていく。

なんとかしてやりたい、と多くの国民は思っているはずだ。しかし、それが可能な唯一の自衛隊は、現憲法下では手足を縛られて身動きが取れないと信じ、無念の内に諦めているのではないだろうか?

しかし、そうではない。総理の決断で救出は可能だ。陸上自衛隊特殊部隊初代郡長の荒谷卓氏と、海上自衛隊特殊部隊初代先任小隊長の伊藤祐靖氏は断言している。総理の命令が下れば、特殊部隊は直ちに出動できる準備はできている、と。

世界が賞賛した日本人の武士道精神は、自衛隊にしっかり受け継がれているのだ。憲法9条の改正が急がれるところだが、国会議員の責任感の薄いちんたらぶりをみると、もはや時間がないことは明らかである。総指揮官としての安倍総理は超法規的命令を発動すべきだろう、直ちに。

自衛隊幻想』を是非多くの方々に読んでもらいたい。

 

 

 

 

 

 

勇馬眞次郎様、ありがとうございました

遅い朝食を終えて、ブログを開くと、コメントが来ているのに気づく。勇馬眞次郎?どこかで見た覚えのある名前だな、と考えた瞬間、あっ!ひょっとして、と思いながら文章を読むと、やはりその人であった。

先月31日に、当ブログで「西尾幹二のインターネット目録を読もう」と題して、その中に掲載されている勇馬氏の論文「北方領土について」を紹介したことがあった。それに対するお礼を述べておられる。驚くと同時に感激のあまり、体の震えが収まらない。

無論、氏と面識は全くない。それだけに、ネットの凄さ恐ろしさを、今更ながら痛感させられる思いである。ぼくにとって、西尾幹二氏は雲の上のような存在、思想家である。『国民の歴史』を始め、氏の発言には多くのことを学ばせてもらっている。

その西尾氏のブログに掲載される、ゲストの方々の論文がまた、凄いのだ。論考は深く、文章は味わい深い。特に、勇馬氏の「北方領土について」は目から大量の鱗が落ちるほど、教えられるところ大であった。

浅学で、怠け者のぼくのような人間にとって、勇馬氏からコメントを頂いたことは、大きな励みになっていることは事実で、少しづつ歴史の真実を捉えるべく、歩んでいきたい。

勇馬眞次郎様、誠にありがとうございました。