沖縄よ! でぃぐぬ花日記

祖国は日本。郷土は沖縄。日本国を愛し、沖縄を愛する者として、発信していきます。

地方議員に年金復活だと?売国政党自民党、公明党はふざけるんじゃない!

自民公明両党は、地方議員の厚生年金加入に向けた法整備の検討を始めたらしい。2011年に廃止された地方議員年金を事実上復活させ、退職後の生活を保障するとしている。地方議員のなり手不足の解決策として考え出されたらしいが、自民党は「国難突破」のスローガンを掲げて選挙を戦ったのではなかったか。しかし圧勝するや否や、早くも納税者無視の傲慢な体質が現れてきた。竹下亘総務会長は「議員専業の場合、公的年金国民年金しか加入できず、退職したら生活保護になる」と言ったらしい。総務会長がこのレベルである。こんな低レベルの人間が与党の総務会長を務めるくらいだから、この国が年々弱体化していくのも当然のことなんだろう。国民年金しか加入していない国民がどれほどいるか、竹下総務会長は政治家としての最低限の義務として、数字だけでも知っているはずだ。しかしその国民が将来生活保護になる可能性について想像力は働かないのだろうか。その可能性を知っているとするなら、国民よりも地方議員を優遇しようとする態度は一体どこから来るのか。答えははっきりしている。国民よりも身内としての政治家を優遇する事、これである。
昨日の琉球新報は次のように報道している。「全国地方議会の過半数が厚生年金への加入を求める意見書を採択した。それに応えるように、自民党は地方議員を自治体職員とみなし厚生年金の受給資格を与える案を策定して公明党に協力を呼びかけた。両党は年明けに検討チームをつくることで合意。来年の通常国会で法整備を目指す。」国会議員も地方議員も、結局同じ穴の狢であることがわかる。公務員の特権をなくす方向に時代は動いているはずだが、自民公明両党は手を携えてブレーキを踏み、ギアを変えて後方へアクセルを踏む。小判鮫の公明党はあまりにも長い間、自民党という鮫にくっ付いているうち、顔貌も性格も次第にジミン鮫に似てきた。傲慢でズボラで国民よりも政治家を優遇する。保身第一。自民党同様、今や公明党売国政党に他ならない。


追記。デンマークの地方議員はボランティアで無報酬である。首長だけが報酬をもらう制度になっている。国民の間で共生思想の強いデンマークと日本の民主主義の質は、大人と子供ほどの開きがある。

 

世界を混乱に陥れる米国白人の「開拓魂」

今日の琉球新報の「島人(シマンチュ)の目」というコラムに、バージニア通信員の鈴木多美子氏がアメリカ・インディアンについて書いている。この中で彼女は『500 NATIONS』という本を紹介して次のように書いている。「この本には、先住民族が白人の民族浄化政策によって大量虐殺されたことにも触れている。彼らがたどった過酷な歴史には胸が痛み、残虐な白人には憤りを感じさせられる一冊だ。アメリカ大陸の先住民は、最初のヨーロッパからの開拓者が飢などの苦難にある時、食料を分け与え救いの手を差し伸べた。バージニアでは白人を友好的に受け入れ、トウモロコシやタバコ栽培を教えた。彼らは共存を模索したが、間もなくして白人は、土地争奪戦を始め、先住民のすべてを破壊していく。」と述べて鈴木氏は次のように続ける。「戦後沖縄の土地を銃剣とブルドーザーで奪い、家を焼き払った米軍の横暴さを彷彿させ、その野心のみの不当な開拓魂はあの頃から変わらず現在でも続いていると思ってしまう。」この文章の中の「開拓魂」という言葉に思わずアッと唸ってしまった。米国の歴史は、英国と独立戦争を戦い勝利して以降「開拓魂」が本格的に実践されていく歴史であり、それは現在も進行中であるという事実。米国史の真実を知るための鍵となる重要な言葉のひとつが「開拓魂」だということに、鈴木氏の指摘であらためて思い知らされたような気がする。では米国白人の「開拓魂」とはいったいどのように形造られてきたのだろうか?それを正確に説明する能力は、残念ながら今のぼくにはない。新大陸を発見する以前の欧米の歴史とキリスト教文明が果たした役割、米英独立戦争と確立されていく議会制民主主義の性格など、少なくともその全体像の輪郭を明確な形で把握する必要があるだろう。いまのところ、全体の輪郭は朧に過ぎない。納得できるほどに明確化するには、長い歳月と忍耐が必要になる。コツコツと知識を蓄えていく他に方法はない。鈴木氏は、さらに続けて次のように書いている。「コロンブスは今では奴隷商人、そして虐殺者であったと認識されているのに、なぜ「コロンブスデー」として米国の祝日になっているのかが不思議だ。コロンブスデーを祝うことは、先住民に対しての残忍な暴力による制服を容認することになる。コロンブスを英雄視する白人視点のこの祝日が抹消され、アメリカ・インディアンが主張する「先住民の日」に変更し、彼らの崇高な精神的伝統や文化を称賛する日であってほしいと願う。」個々の人間の力では如何ともし難い歴史の激流の中にあって、決して忘れてはならないものがあるとすれば、不当な扱いを受けて殺されていった人々の無念であり、正当化できない弾圧で滅亡に追いやられた民族の悲劇である。我々は嫌という程その無数の事例を、歴史の中に見いだすことができる。スペイン人によるアステカ文明マヤ文明の殺戮と滅亡。 イギリス人によるタスマニア人の虐殺と絶滅。ナチスによるユダヤ人大虐殺。スターリンラーゲリにおける大量殺戮。思いつくだけでも歴史にはこれだけの大量虐殺事件がある。いずれも残酷極まりないが、わけても通州事件は身の毛のよだつ、この世の出来事とは思われないような恐ろしい事件だった。10ヶ月ほど前に読んだ『通州事件・目撃者の証言』は衝撃的で刺激が強すぎたせいか、今なお軽いトラウマから抜けられないでいる。再読する勇気がない。人間より動物の方が生物として優れているのではないか、と思いたくなるほどだ。記録されないで歴史に埋もれたままの残虐な事件は、無数に昇るだろう。大事なことは、人類が犯した犯罪を決して忘れることがあってはならないということだ。死を好む勢力に対抗するためには、生を愛し共生の思想を確立することだと信じたい。民族の違い、文化の違い、宗教の違いを認め合い、共生社会を構築する世界的政策が求められる。人類が共生社会を達成しない限り、人間の人間による大量虐殺事件は繰り返される。鈴木多美子氏が提言するように、米国が「コロンブスデー」を「先住民の日」に変更して、アメリカ・インディアンの伝統・文化を尊敬する祝日にすることができるなら、世界は米国の真摯な姿勢に拍手を惜しまないはずだ。それを契機として、米国自らが「開拓魂」を見直し、本気で反省してくれたら、世界の安定に大きく寄与するのは間違いない。そんなことは夢の夢だと笑われようとも、共生社会実現のために世界の多くの人が研究を重ねてくれるよう訴えたい。

 

 

ふらつく翁長県政

翁長知事がまた判断ミスを犯してしまったようだ。辺野古新基地建設工事の埋め立てに使用する石材を載せた台船を引っ張る曳舟3隻が中城湾港(新港地区)岸壁を使用する許可申請を認可したと言う。使用目的は、石材運搬ではなく、給油や給水、食料品の補給などのためであり、港湾管理法令などを勘案した結果、許可せざるを得なかった、と翁長知事は釈明しているが、いったい知事の精神状態は大丈夫なのだろうか、とつい疑問に感じてしまう。 石材を載せた台船を引っ張る曳舟である以上、石材運搬の役割を担うことになるのは明確ではないか。奥港の使用許可をだして、予想以上の県民の反発で許可取り消しの手続きに入るという失態を演じた直後のこの判断ミスである。翁長知事は政治家の役割をどのように考えているのだろうか? 港湾管理法令を一字一句文字通り解釈すれば、許可せざるを得なくなるのは当然のこととして理解できる。しかし、それは役人の仕事で、政治家がそれを追認するだけなら、政治家など要らないのだ。全ては行政の実務に長けている役人に任せれば良いことになる。しかし、役人にはどうしても解決できない問題がある。そのために政治家が必要になってくる。例えば今回の案件だと、役人は港湾管理法令の枠内でしか思考が働かない。思考が膠着して、それ以上の想像力は押さえ込まれる。認可しない理由が思い浮かばない。役所に行って、役人の頑なな態度に難渋した経験を多くの人が持っているはずだ。規則と法令にがんじがらめにされているのが行政職員である。そこで、彼らの能力を超える問題を解決するために、選挙で選出された政治家が必要とされるのだ。奥港の場合もそうだったが、今回も同様、政治判断が必要とされる局面では、知事が表に出て、県政の方針は辺野古に新基地は造らせない、ということだからそれに関連する一切の申請は許可しない、と明言するだけで良かった。業者側が訴訟を起こせば、毅然と受け止めて法廷で正論を主張すれば良いだけの話。そのことで県民が非難することは絶対にあり得ない。
どうも最近、翁長知事の政治家としての姿勢にチグハグさが感じられて仕方がない。歴代の沖縄県知事で最も強いリーダーシップを持つ翁長氏であるだけに、残念である。しかしそれでも、沖縄県知事は全国で最も困難な立場に立つ知事だということは多くの県民が理解している。面積も人口も全国の僅か1%しかない小さな沖縄県に、在沖米軍基地をめぐって、日本政府と米国政府が一緒になって圧力をかける。世界経済NO1の米国とNO3の日本の政府が県民の意思を無視して、新基地建設を強行する。これは世界のどこにも見られない、極めて稀な現象ではないだろうか。この圧倒的圧力に耐えるのは容易なことではない。仲井真前知事はその圧力に耐えられず、脆くも屈してしまった。両政府の圧力に耐えきることがいかに困難を強いられるものであるか、現実を否応なく見せ付けられてきた県民はよく理解している。だからこそ辺野古新基地はあらゆる手段を使って阻止する、と力強く公言した翁長知事を多くの県民は支持してきたのだ。万が一にも知事と県民の間の、この信頼関係に亀裂が入るようなことがあってはならない。翁長知事よ、重圧と孤独感に耐え難くなったら、深呼吸でもしてリフレッシュして貰いたい。そして、これから寒さが厳しくなる辺野古のゲート前で座り込みを続ける人達、冷たい海水と潮風の中で抗議活動をするカヌー隊の人達、彼らを背後から応援する多くの県民のことを忘れないで欲しい。そして、辺野古新基地建設に関わる許可申請は、いかなるものでも全てキッパリと拒否して貰いたい。知事が公約を守る限り、我々県民が知事を見放すことはない。
翁長知事、これから生まれてくる宝物のために県民と共に頑張ろうじゃないか!

乗松聡子の目は曇っている

琉球新報に「乗松聡子の目」というコラムがある。11回目となる今日の紙面で「侵略と向き合う責任」という題で論じている。見過ごすことのできない偏見に満ちた内容で、乗松氏の文章を引用しつつ批判したい。「13日は、人類史上でも最も残酷なジェノサイドの一つである南京大虐殺80周年を記憶する日だ。」
いきなり、南京大虐殺という言葉を使い、歴史的事実として肯定し、人類史上最も残酷なジェノサイドだと断定している。これだけでも許しがたい言いがかりだが、続いて次のように述べている。
「カナダ・オンタリオ州の州議会では12月13日(1937年、南京城が日本軍により陥落した日)を「南京大虐殺を記憶する日」と制定する法案(Bill79)が昨年末から審議されてきた。(略)このBill79は、日本や現地の歴史否定主義者たちの妨害を受け、法案としてはまだ成立していないが、10月26日、道義として満場一致で可決された。」
乗松氏は、本当に日本人なのだろうか?写真を見る限りでは、日本人の顔をしている。とすれば、偏見イデオロギーの染み付いた人間に違いない。そうでなければ何故、乗松氏はカナダ・オンタリオ州議会が「南京大虐殺を記憶する日」法案を可決することを正当化する必要があるのか。しかもこの法案に反対し、阻止しようとする人々を「歴史否定主義者たち」と断じている。
もし南京大虐殺と呼ばれる事件が、歴史的検証に耐え、史実として確定しているならば、それを否定する人々を「歴史否定主義者たち」と呼んでも誰からも非難されるいわれはないだろう。しかし、そもそも日本軍が南京市民を20万から30万人も殺したとされる南京大虐殺事件なるものが、はたして存在したのかどうか。80年前の歴史的事実を我々は直接知ることはできない。とすればどうしても、この南京事件について書かれた著作類を読む他に方法はない。南京事件の真実を知るためには、これらの著作を読み、自分の頭で判断することは、最低限の必要条件だろう。そうでなければ、南京事件について語る資格はない。幸いというか、南京事件について書かれた書籍は、多数出版されている。
その中で、ぼくが読んだ本は次のとおりである。竹本忠雄・大原康男共著『再審「南京大虐殺」(THE ALLEGED NANKING MASSCRE)』東中野修道他著『南京事件証拠写真」を検証する』本多勝一著『中国の旅』以上だが、『再審「南京大虐殺」(THE ALLEGED NANKING MASSCRE)』は半分は英語で書かれている。国際社会に訴えたいという著者の強い使命感が感じられる。この本は膨大な資料を検証して南京事件は、戦時下における蒋介石軍と日本軍の戦闘であり、言われるような日本軍による南京市民の大虐殺はなかったと、立証している。東中野修道他著『南京事件証拠写真」を検証する』は中国共産党寄りの日本のメディアが、南京大虐殺証拠写真として報道したものを、元になった写真を探し出して、それらが南京事件と全く関係のない写真であることを明らかにしている。証拠写真として使われた143枚の写真の源流になる写真を探し出して、それを一枚一枚検証する作業は、大変な時間と労力を必要とする。この本の完成に3年の歳月がかかったとされるが、よく3年でこれだけの労作を仕上げることができたものだと、その使命感に感服する。この一冊だけで、南京大虐殺の嘘を証明するのに十分であると言いたいくらい、画期的な作品である。『中国の旅』は南京事件を大虐殺事件として描いている。当時朝日新聞に連載されると、「ごうごうたる非難の投書が東京本社に殺到した(朝日新聞社史)」というから、当初から朝日新聞の読者もあまりの酷い内容に疑問を抱いていた。しかし、著者本多勝一氏のうまい文章に騙される読者もいただろう。ぼくは、この本を読む前から、この本に批判的な書評をいくつか目にしていたので、読むのを躊躇したのだが、しかしやはり、歴史の真実を知るためには、肯定・否定の両面から眺める必要があるだろうと思い、読むことにしたのである。感想としてはやはり、著者の恣意的な描写が顕著で、真実には程遠い感じが強い。ぼくは、この本を信用しない。それどころか、歴史を捏造する犯罪的著作であると断言したい。これらの著作から明らかになることは、南京大虐殺事件なるものは、実は日本を国際社会から貶めるための中国共産党と欧米諸国、そして中国共産党に同調する日本人による壮大なる陰謀ではないかと疑いたくなってくる。中国共産党は、日本を非難することで、国内の不満を国外に向ける目的で。欧米諸国は、かつてアジア全域に所有していた植民地を、日本軍によって失った恨みを晴らすため。日本人は左翼イデオロギーで日本国を弱体化させる目的で。それらの思惑が複雑に絡んで、ありもしない南京大虐殺事件がでっち上げられたのではないか、とぼくは考える。
小林秀雄に『杭州より南京』というルポルタージュがある。昭和13年5月に書かれたものだ。それを読むと、南京について実際に目にした事柄を書いているが、南京事件に関する記述はどこにもない。南京の戦闘は昭和12年12月から約ひと月くらいとすると、小林秀雄は、およそ5ヶ月後に南京を訪れて見て回ったことになる。20万から30万人の南京市民が虐殺されたなら、その死体の処理作業が完全に終了して、人々の話題に上らなくなるほどの日時が経過するには、5ヶ月はあまりにも短いと言えないか。
鋭い感性を持つ碩学小林秀雄が、南京大虐殺に触れないばかりか、その文章からはその僅かな匂いさへ全く感じられないのである。小林秀雄は次のように書いている。「支那料理屋に這入ってビールを呑む。そこにいる三人の支那人の女給は、僕から十銭づつ貰い、ビールを飲み、訳のわからぬ高声で大はしゃぎである。僕は焼き豚を註文し、彼女達にも取ってやった。僕の焼き豚は半分は脂の切った奴だが、彼女達の皿は全部肉であった。差別がどうもあんまり露骨なので可笑しかった。」小林秀雄と女給たちの間で南京大虐殺が話題にのぼることはないし、その僅かな雰囲気さへ感じとることはできない。存在しない事件は、小林秀雄も書けるわけがないのだ。もうひとつ。石平氏は、先祖代々南京市に住んでいる友人に、電話で訪ねたことがあった。「南京大虐殺について、お前聞いたことがあるか?」友人の返事は「ない」であった。毛沢東研究の第一人者、遠藤誉さんは、毛沢東南京大虐殺に言及したことは一度もなかった、と断定している。
ということは、日本軍が南京市民を20万から30万人虐殺したとされる南京大虐殺なるものは、歴史の捏造だということが明確ではないか。乗松氏の言う「歴史否定主義者たち」とは、実は乗松氏らではないか。史実に基づいて歴史を検証する努力を怠り、自分たちのイデオロギーを第一に置く。このような姿勢から真実が生まれることはない。乗松聡子さんの目は曇っている。ジャーナリスト失格である。
もし、ぼくを納得させる程の南京大虐殺を証明する論文なり、本が出版されたら、ぼくは現在の見解を変える用意はある。そのくらいの精神の柔軟性は持っているつもりだ。

 

ケネス・シンザトの無期懲役判決に思う

昨年4月に発生した女性暴行殺人事件の犯人ケネス・シンザト被告(33歳)に対する判決が昨日、那覇地裁(柴田寿宏裁判長)で言い渡された。検察側の求刑通り、無期懲役であった。しかし、求刑通りとはいえ、やはり腑に落ちないのだ。そもそも何故検察側は死刑ではなく、無期懲役を求刑したのか疑問である。
というのも、ぼくの持論は正当防衛以外の殺人は全て死刑にするべきだとする原則に立つからだ。全く見識の無い赤の他人を、自分勝手な都合で殺害することは決して許されることではない。ところが、現在の司法の在り方は、判例に倣う習性が身についているため、今回の事件のように遺族が裁判で死刑を訴えても、検察が死刑を求刑することも、裁判官が死刑の判決を出すこともないことは、初めからわかっていた。この司法のあり方はおかしいと、ぼくは言っているのだ。
なぜ判例に従わなければならないのか。なぜ検察官は自分の判断と良識に基づいて死刑を求刑する勇気を持てないのか、不思議でならない。
判例に倣うのではなく、明確な基準を定めて、それに基づいた求刑をするべきではないか。今回の判決文は、被告人の動機は身勝手で殺意が認められるとしながらも、最後の部分で次のように述べている。「 他方、被害者参加人の意見を踏まえても、同種事案との公平の観点から、検察官の求刑を超えて死刑を科すべき特別な事情はない。」
この裁判官の見解は、やはりおかしいと言わなければならない。判例に倣っているだけだということが文面に如実に表れている。
検察官も裁判官も自分の頭で考える柔軟性も勇気もない、単なる公務員としてのサラリーマンにしか過ぎないということか。つまり、法律を食い扶持とする小役人ということだ。法律をどれほど勉強しようと、人間としての常識を持ち合わせなければ、庶民が納得のいく裁判を行うことは所詮無理だろう。職業としての検察官も裁判官もどのような求刑判決を出そうが、裁判が終われば担当した事件とは関係が切れる。そして、職業法律家として次の事件をこなしていく。それを繰り返していくだけ。しかし、残された被害者の家族は死ぬまで十字架を背負って娘の供養をしなければならない。被害者の恐怖と絶望感、家族の無念と無力感を思う時、いたたまれない気持ちと犯人に対する怒り、そして今の裁判のあり方に対する不信感が込み上げて来るのをどうにも抑えることができない。ぼくはケネス・シンザトが元軍属だから死刑にせよと言っているのではない。同じ日本人であっても、正当防衛以外の殺人犯は全て死刑にするべきだといっているのだ。小役人の小難しい法律論なんかなんの役にも立ちはしない。
無期懲役の場合、30年間は仮釈放の申請は認められない。30年が経過して申請が認められない場合はさらに10年経過してからでないと次の申請はできない。再度の申請が認められないとさらに10年先に伸びる。こういうシステムらしいが、その間もケネス・シンザトは生きているのだ。自由のない刑務所暮らしとはいえ、独裁国家と違い拷問があるわけでもない。規律は厳しくても、ちゃんとした食事を与えられ、たまに娯楽の時間もスケジュールに組まれている。人を殺して反省も謝罪もできないケネス・シンザトのような馬鹿人間には過ごしやすいところだろう。
そのいっぽうで、殺された娘の両親は、娘のことを思いながら、辛い日々を生きていかなければならない。この不条理を、怒りを一体誰にぶつけたらいいというのだ。
願わくば、殺された被害者と残された家族に寄り添って、俺が判例を作ってやると起ち上がる常識のわかる、そして勇気ある検察官なり裁判官の出現を期待したい。
新聞に載った被害者の父親のコメントをそのまま引用させていただく。彼は傍聴席の柵を乗り越えてケネス・シンザトを刺し殺したい衝動に駆られたに違いない。ぼくにも同年の娘がいる。ぼくが彼の立場ならきっとそうしただろう。感情は抑えているが、強い怒りが伝わってくる文章である。


「 一年半をへてようやく裁判になりました。長かったです。私達遺族は人殺しに極刑を願い、そして真実を知りたくて裁判に参加しました。私達は公判で死刑を望みましたが、願いが叶うことは出来ませんでした。娘は痛み、苦しみの中でこの世を去りました。娘の無念を思うと死刑しか考えられません。死刑の適用基準というもので被告人は極刑をまぬがれ、黙秘権も法で認められています。遺族には殺した人数や前科とかは関係ないのです。残された遺族の事をもっと考えて欲しい、人殺しには今まで以上の厳しい量刑を設けて欲しいのです。被告人は自分を守り、黙秘で本当のことを話しませんでした。自分が犯したことについての反省もみられず、平然としていました。被告人には人としての感情が欠けているようにみえました。被告人には真実を述べてほしかった。私達と娘に謝ってほしかった。私達は被告人を許す事は出来ません。私達は日々悲しみ、苦しみの中にいます。それは生きているかぎり続くでしょう。子を持つ親ならば子を思うのは当然です。私達が娘にしてあげられるのは、娘の痛み、苦しみを取り除き成仏させてあげる事だけです。これからも娘を思い供養していきます。
平成29年12月1日 父 」


「 死刑の適用基準というもので被告人は極刑をまぬがれ、黙秘権も法で認められています。遺族には殺した人数や前科とかは関係ないのです」この言葉には、父親の今の司法のあり方に対する深い不信感が滲み出ている。

 

破綻した安倍内閣の対北朝鮮制裁戦略

29日午前3時過ぎ、北朝鮮は新型ミサイル火星15を発射した。ロフテッド軌道を描き、高度4475Kmに達してから青森県西方約250Kmの排他的経済水域に落下した。分析の結果このミサイルは、ほぼ米本土全域を攻撃できるICBMであることがわかった。通常軌道で計算すると、1万3千Km飛ぶ能力がある。地球儀で見ると確かに米本土全域を完全に覆い尽くす距離だ。予想されたとはいえ、ついに北朝鮮は最終目標をほぼ達成したのである。“ 草を食べても彼らは核兵器開発をやめないだろう”と言ったプーチン大統領の言葉は正しかったことになる。若き異能の独裁者、金正恩はなぜ世界を敵に回してまで、核兵器開発に、これほど異常なまでに執念を燃やすのだろうか。漏れ伝わる情報によれば、リビアカダフィ大佐イラクフセイン大統領は核兵器を所有していなかったために米国に殺された、と金正恩は認識しているとされる。間違いのない情報だと思う。
北朝鮮が生き延びるためには、どうしても核兵器を所有する必要がある。カダフィ大佐フセイン大統領も、自分と同じく米国と対立する独裁的指導者だったために、米政府に殺されたのだ。しかし、核兵器さへ持っていれば、米政府は彼らを簡単に殺すことはできなかったはずだ。米政府は何よりも核の報復を恐れているからだ。米国と対等の立場に立ち、対等の交渉に望むためには、核兵器開発を完成させること。それだけが我が国が取るべき唯一の道である。金正恩がそう確信したとしても少しも不思議ではない。だから、どんなに酷い経済制裁を受けても着々と用意周到に計画通り核兵器開発を進めてきた。たとえ草を食べても・・・。
そしてついに、昨日その野望をほぼ達成したのである。そして、北朝鮮政府は「度重なる試練の中で追求してきた悲願の達成を誇り高く」宣言したのだ。恐るべし、若き異能の独裁者、金正恩
レッドラインを超えたいま、ボールは米国政府と日本政府に投げ返された。さあどうする、トランプ大統領と安倍首相。そこでニ人に問いたい。北朝鮮を先制攻撃するのか。米軍の指揮のもと自衛隊を出動させて集団的自衛権を行使するのか。数百万の死傷者がでるであろう事態を覚悟しているか。人類の最大の罪、戦争の地獄をまた繰り返すのか。ぼくの独断だが、恐らくトランプ大統領が先制攻撃の指令を出す可能性は低い。マティス国防長官もティラーソン国務長官も水面下で、武力攻撃を回避するためのギリギリの交渉を試みているはずだ。彼らの発言の断片からそれが読み取れる。
とすると米政府が北朝鮮の核保有を認めるかどうかに問題は絞られてくる。もし認めないならば北朝鮮が交渉に入ることはない。だから、米政府は北朝鮮の核保有を認めざるを得ないだろう。問題は、核保有は認めても、米本土に届くICBM保有は断念するよう条件を付けることは間違いない。その条件を金正恩がのむかどうかが交渉の最大の山場になる。金正恩が蹴ったときはどうなるか。その後の展開は誰も予想できなくなるなだろう。北朝鮮はさらに性能の高いICBMの開発を進めるだろうが、米政府がどうでるか、待ったく予想がつかない。
もう一つの可能性は、考え難いことだがもし金正恩が米政府の条件をのんだ時どうなるか。米国はひとまず安心するだろう。しかし、日本は大変なことになる。ずっと北朝鮮の核に怯えなければならなくなる。我々国民は、屈辱にまみれて恐怖の日々を過ごすことになるだろう。いずれにせよ、戦争という地獄を回避できたにしても、日本の安全保障は戦後最大の困難極まる状況に置かれるのは確かだ。制裁一辺倒を繰り返し叫んできた安倍首相の失態が明らかになる。安倍首相は、果たして最善の努力をしたのか、ぼくには全く見えてこないのだ。金魚の糞みたいに米政府の後ろから圧力強化を繰り返すだけでは異能の独裁者、金正恩に勝てるわけがない。
貧乏国にもかかわらず、戦後のNPT体制に刃を突きつけた金正恩は大した度胸の持ち主である。
それに比べると、「日本を取り戻す」と言った安倍晋三の言葉は実に軽く欺瞞に満ちた枯れ葉のごときものであった。対米従属の罪は大きく深い。トランプ大統領にいつでもハシゴを外される危険に気づいていないようだ。

 

 

理想の国

先週の「世界ふしぎ発見!」というテレビ番組はデンマークをとりあげていた。全編を通して感動させられたのだが、その中でも特に、自転車専用道路の整備と、ススキを使った茅葺屋根の家、そして幼稚園児の教育に感動し、あまりの素晴らしさに、ついため息がでてしまった。現代人で車が嫌いという人はあまり聞いたことがない。好きなところに短時間で行けるし、大変便利だ。年々その性能は進化し、素敵なデザインの車も増えている。高価な車は、社会におけるステータスと言っても良さそうだ。だがそのいっぽうで、渋滞や環境悪化、運動不足の原因等、負の側面があるのも事実である。その問題を解決するためにどうするか? 社会の一種のステータスとなった現在、その解決策は簡単ではない。当然、気の遠くなるような政治的、社会的努力と忍耐が必要になる。
しかし、デンマークの人々は、自転車を普及させることで、その問題を見事に解決したようだ。自転車専用道路を広域にわたって整備する。自転車で職場へ通勤する。政治家でさへ国会議事堂へ行くのに自転車を利用する。もちろん街では車も走っているが、自転車が主流になったと思われるほどたくさんの自転車が至る所で走っている。自転車は自動車に比べて環境に優しいことが大きな利点になっている。自転車に乗る人々の顔の表情は明るくて健康的だ。
ところで、経済が発展する前の中国は、自転車に乗る人が圧倒的に多かった。国家も人々もまだ貧しかった時代、高額の自動車を買う余裕などなかったからだ。しかし、不思議なことに、今のデンマーク人同様、自転車に乗る当時の中国人の顔の表情は明るく健康的だった。しかし経済が発展するに伴って自動車の数は激増し、自転車は激減した。現在、中国の主要都市は渋滞と、排気ガスに苦しんでいる。滑稽なことに、そして皮肉なことに、自転車が消えて自動車王国になった中国とは正反対に、デンマークは自転車が増えている。デンマーク人の柔軟な対応力に感心させられる。
広大なススキ畑を所有する人の取材も感動的だった。ススキを加工して茅葺屋根にする。人間が住む家だけではない。犬小屋も、茅葺屋根でこしらえてある。その風景は、自然と溶け合い、のどかで心が落ち着く。昔は、沖縄も茅葺屋根の家がたくさんあった。ぼくが幼かった頃、家族で茅葺屋根の貸家に住んでいたことがあった。夏は涼しく、冬は暖かかった。現在の沖縄の建物はほとんど、鉄筋コンクリート造りである。夏は暑く、冬は寒い。沖縄は台風銀座だから、鉄筋コンクリート造りの家は理に適っている。だから、デンマークの茅葺屋根の家は羨ましい限りだが、残念なことに沖縄では気象学上、不向きである。さて、見るものすべてに感心させられる中で、とりわけぼくが驚嘆し、唸ったのは幼稚園児の教育だった。木がたくさん生えている自然の中で、幼稚園児たちが動き回っている。一本の縄で吊るされた独特の形をしたブランコに乗って揺れている数名の幼稚園児。また数名のある者は、小さな一輪車に枯葉をいっぱい積んで、ある場所を敷き詰めている。そして数名のある者は、ジャガイモを洗い、それをナイフかピーラーで皮をむいている。ナイフを使うのは危ないように見えるが、誰かが干渉するわけでもない。どこかしらあどけないが、手馴れていて、指を切るようなことはない。そして自分たちで料理を作って食べている。全てのことが、幼稚園児たちの自発的な自由意志に任せられているようだ。教師らしき人が、手持ち無沙汰風にしている数名の児童に「きみたち暇だったらこの薪を運んだらどうかね」と言うと、積まれている薪を、次々と小さい両腕に抱えて、元気よく目指す方向へ走り始めた。その一人が、撮影中のカメラマンに向かって、「邪魔するな」と言う。カメラマンは構わず幼稚園児を撮り続けるが、「さっきから邪魔だと言っているのがわからないの?」 と再びカメラマンを叱りつけるのだ。自分たちの真面目な仕事の邪魔をするものではない、と大人を窘めているのである。ぼくはその様子を見て、微笑ましく思った。しかし、それ以上に人間にとって大事なもの、言葉で言い表すのが難しい、何か神聖で本質的なものの存在を感じたことも確かだ。幼い子供達が自信に溢れて積極的に行動する様子は、見る者を感動させる。教師らしき人は、ここの子供達に卒園するまで、文字は教えないとコメントしていた。あくまでも子供達の自発性を尊重し、自然の中で活動させることで五感を養い強くするためだと言う。ぼくは、この教育方針は、大変素晴らしいと思った。小野田寛郎さんの「自然塾」と通じるものがある。そうやって育った子供たちは、大人になっても、自分に自信を持ち、決して他者の言うことに簡単に妥協したり屈したりすることはないだろう。軽い言葉や概念に惑わされない、本当の意味での大人に成長するのだ。強い人間が強い社会を作り、強い国家を創る。税負担率は7割を超えるらしいが、社会に均等に還元されて福祉が充実しているため、市民はいまの政治政策に満足していると言う。向学心のある人は誰でも無料で大学で学ぶことができる。医療費も全額無料で受けられる。会社も15時か、17時には終了する。家族と供に過ごす時間は十分に用意されている。デンマークの社会システムは実に素晴らしいと思う。人間の労働を単なる利潤追求のための手段と考えていない。剰余価値を生み出す源泉として尊重されている。マルクス主義が唱える理想の社会が、デンマークで実現しているのではないか、と思いたくなった。結論を出すのはまだ早いが、人類が追い求め続ける理想の社会のヒントがデンマークにあるような気がする。デンマークについてもっともっと研究してみよう、と思い初めている。