沖縄よ! でぃぐぬ花日記

祖国は日本。郷土は沖縄。日本国を愛し、沖縄を愛する者として、発信していきます。

日本的資本主義の限界を突破するためのモデルは、デンマーク型社会システムにある

アベノミクスに対する評価は、それぞれ経済評論家の分析する角度によって異なる。失業率の低下、求人有効倍率の高水準、株価の上昇等を強調する評論家は高い評価を下している。これは、安倍首相の見解に追随する立場だ。しかし、別の評論家は次のように分析して、辛い点数をつける。失業率の低下は、人口の自然減少が大きく影響しているためであり、求人有効倍率が高いのは、正規社員よりもパート社員が増加した結果である、と。どういうことかというと、低所得層の増加に伴い、共働き世帯が増え、中には一人で複数の職場で働かざるを得ない現実がある、ということだ。実際のところ、大部分の国民に好況の実感がないのは、実質賃金が増えていないからであり、安倍政権の5年間で、実質賃金は下がっているという統計データもあるくらいだ。その理由のひとつとして、海外から多くの技術研修生を受け入れて、低賃金で雇っているためである、また、株価が上昇しているのは、日銀の金融緩和が原因であり、日銀が株を買い続けているからである、となかなか手厳しい評価を下す経済評論家は多い。経済指標は数字の上では、好況を示しているとしても、多くの国民にその実感が伴わない現状を考えると、後者の評論家の見解が正しいと言わざるを得ないのではないか。アベノミクスは、政府が自慢するほど良い結果を出しているわけではない、ということだ。そもそも、アベノミクスの手法そのものが問題であり、間違いだったと言える。大企業優先の施策を打ち、ピラミッドの頂上から下部の方へ徐々に利益を流していく、というやり方。これは、80年代後半、バブルが弾ける以前の古い手法であり、バブル崩壊以後は通用しない政策だ。時代が大きく動き、国際環境が複雑に変化する中で、古い思考で経済を良くしようとしても、上手くいくわけがない。野党時代、政権奪取に備えて、経済を猛勉強したという安倍晋三の頭はやはり、というか残念というべきか、少しも進歩していない。彼には、時代を突き抜ける発想力がないのだ。その発想力の貧しさは、日本の総理大臣として最も不向きな人物である、と極論したいくらいである。そして、その政治的能力は、ぼくが尊敬する田中角栄の十分の一もないだろう。田中角栄が今生きていたら、世人があっと驚くような経済政策を打ち出したに違いない。しかし、大天才・田中角栄を日本人は自らの手で葬り去ったのである。あの頃から、日本経済の凋落が始まったと、ぼくは見ている。それはさておき、日本と世界の政治状況を、長期間観察して気づくことがある。

それは、日本の経済システム、資本主義の構造そのものに限界があるのではないか、ということである。日本は戦後、米国に追いつき追い越せの精神で、自由経済・資本主義経済を推進してきた。朝鮮戦争の時、参戦した米軍の戦時需要を受けて経済に弾みがつき、それを契機に以後、右肩上がりの高度成長に突き進んでいく。終戦から僅か19年後には、東京オリンピックを開催するほどの実力を回復して、世界の人々を驚嘆せしめた。日本人の勤勉さと、民族の優秀さに、改めて世界中が瞠目したのだった。

田中角栄の手になる数々の議員立法が最大限効果を発揮して、経済成長は長期に渡って続いた。そして、ついに日本経済はバブル期を迎える。三菱地所がロックフェラービルを買い取った時は、日本人全員が束の間とは言え、平清盛の心境を味わったのではないだろうか。しかし、出る杭は打たれる運命にある。超大国米国が不信の目を向け始めた。生意気なジャップめ、ソ連が崩壊したら、次は日本を叩け!経済大国になったとはいえ、日本という国は所詮、駐留米軍が睨みを利かす極東の島国にしか過ぎない。太平洋の彼方からくる圧力は、在日米軍基地によって担保されている。バブル崩壊以後は、米国の露骨な圧力、ハゲタカファンドの暗躍も大きく影響して、日本の経済は凋落の道をひた走ることになった。自信をなくした多くの経済人、経済評論家は、今迄誇りを持って推進してきた、日本独自の終身雇用制度に、疑問の声を上げ始める。我々が自信を持って正しいと思った制度は、間違いだったのではないか。やはり、資本主義社会における世界標準ではなかったのだ。これからは、米国のやり方、米国の徹底した自由主義経済を取り入れなければ、日本は生き残れない。その頃から徹底した自由主義経済を主張する評論家たちが跋扈するようになる。日本の伝統習慣を時代遅れの遺物として、自由主義経済の足枷として排斥し、米国式経営方式を注入する。そのように主張する経済評論家たちの象徴的存在が竹中平蔵であった。彼は、小泉政権で経済財政政策担当大臣として活躍した。彼は、米国式自由主義経済の信奉者である。彼の理想は、日本の経済システムを米国式自由主義経済システムに改編することだった。しかし、結論だけ言えば、彼が中心になって進めた改革は、決して成功したとは言えない。

その成果は、どこにも見当たらないばかりか、日本の経済はバブル崩壊以降、ズルズル下降線をたどるだけである。バブル崩壊以降、なぜ日本経済は立ち直れないのか?はっきり言える事は、米国式自由主義経済を採用してはいけない、ということである。自由主義経済は、別名グローバル主義経済であり、その思想は、国境を越えて、人、物、金が自由に行き来することである。言葉だけでは、垢抜けした、誰もが憧れるような世界のように映るが、実は危険で、大きな落とし穴がある。国家間の規制を全部取り払って、人、物、金が自由に行き来できる世界とは、いったいどのような世界か?それは、制限のない自由競争の世界であり、強いものだけが勝利者となる世界である。自由競争である以上、そうならざるを得ない。当然のことだが、人が遠くへ移動する時、あるいは物を遠くへ移動させる時は、金が必要だ。この場合、移動手段は問わない。車、船、飛行機、とにかく金がかかる。そうすると、人、物、金が自由にどこでも行き来できる世界の勝者は、必然的にお金を沢山持っている者ということになる。これが世界規模で展開されると、最終的勝者は金融資本家ということに決まっている。その意味で、米国を発祥地とする自由主義経済、グローバリズム経済というのは、金融資本家にとって、実に都合の良い世界というべきである。そして、金融の世界というのはまた、強欲の世界でもある。「あらゆる商品は貨幣に恋をする」という名言は、カール・マルクスの言葉だが、まさしく資本主義の行き着く最終段階は、金融資本主義である。米国は、金融資本主義社会、すなわち、資本主義社会の最終段階にきている。全人口のわずか1%にも満たない金融資本家たちが、米国全体の富の約50%を握るとされる。これが米国社会の実態である。当然、豊かでない大衆の間から異議申し立てが出てくる。ドナルド・トランプという変わり者が大統領になった背景がそこにある。保守評論家によると、トランプ大統領反グローバリズムだとされる。トランプ氏が言うアメリカファーストはその表れだという。しかし、大統領になってからのこの1年の彼の発言を見ると、疑問を抱かざるを得ない。果たして強大な金融資本家たちに本気で立ち向かうことができるのか、米国を再び、中流階級の厚い社会に戻せるのか。ぼくは不可能だろうと予測するが、もう少し様子を見る必要があるかもしれない。いずれにしても、日本は米国式自由主義経済を模範にしてはならない。大多数の国民は強欲な金融資本家たちの餌食になるだけであり、日本社会はズタズタに引き裂かれて、永久に取り返しのつかない状況に陥ることになる。

では我が国はどうすれば良いのか?日本の伝統文化を壊すことなく、経済を好転させ社会を安定させるには、いったいどうすれば良いのか?政治のあり方、社会のあり方を根本的に変革する発想が求められる。そのためのヒントがデンマーク型社会システムにある、とぼくは考えている。そのきっかけになったのは、「世界不思議発見!」というテレビ番組だった。デンマークについて放映していた。その内容に、ぼくは大いに感動し、デンマークについてもっと詳しく知りたいと思い、デンマークについて書かれた本を購入して読み始めた。その一冊が『消費税25%で世界一幸せな国デンマークの暮らし』である。角川SSC新書から出ている本で、著者のケンジ・ステファン・スズキ氏は、デンマーク人女性と結婚して、現地で生活している日本人である。読んで両目から大量の鱗が落ちた。言葉の純粋な意味で、国造りとはこういうことを指すのではないか、としみじみ思ったのである。日本と比較するのが恥ずかしくなるくらい、デンマークは素晴らしい国家である。デンマーク人が羨ましい、心の底からそう思う。まず、政治に対する国民の信頼の強さは、日本と比較にならないほどに桁違いだ。その理由は、社会のシステムそのものにある。消費税25%と所得税などを加算した、国民の税負担率は、なんと71%!もある。数字だけを見たら、大概の人は、とんでもない国だ、と鼻から相手にしないに違いない。政治不信の強い日本人は、できるだけ税金は納めたくない。できたらバレないように、納税を少なくしたい、と考える国民がほとんどではないだろうか。しかし、問題はその中身だ。納めた税金の大部分が還元されるのを、デンマークの人々は知っている。例えば、医療費はタダ、教育費もタダ、年金は充実している、介護制度も然り。つまり、日本人の心配の種である三大要素、医療費、教育費、年金制度(介護も含む)をデンマーク人は全く心配する必要がない。税金で全て賄われるからだ。老後の心配がないから、日本人のように貯蓄に励む必要もない。金銭に対する姿勢が、デンマーク人と日本人では根本的に異なる。今の日本人は殆どが守銭奴である。米国人も然り。金、金、金の社会になってしまっている。金さえあればなんでもできる、なければ何もできない、そんな堕落した社会になっている。

 できたら、『消費税25%で世界一幸せな国デンマークの暮らし』を読んでもらうのが一番良いのだが、日を改めて、当ブログでももう少し詳しく簡潔に解説するつもりである。

最後に一言。デンマークに比べると、日本は見窄らしい後進国に見えて仕方がない。皇室という宝物がありながら、政治が悪すぎるために、年々疲弊していく日本。この限界状況を突破するヒントが、デンマークにある、と多くの人に気付いてもらいたい。

 

 

防衛省の毒饅頭・再編交付金と渡具知候補の目眩し政策に騙されるな

2月4日投開票の名護市長選における政権側の欺瞞的手法に騙されてはならない。その一つに再編交付金というのがある。再編交付金とは何か?
「再編交付金は、再編を実施する前後の期間(原則10年間)において、再編が実施される地元市町村の住民生活の利便性の向上や産業の振興に寄与する事業の経費にあてるため、防衛大臣により再編関連特定防衛施設と再編関連特定周辺市町村を指定した後、在日米軍の再編に向けた措置の進み具合などに応じて交付される。
再編特措法に基づき、07(同19)年10月に14防衛施設、33市町村が指定され、08(同20)年までに6市町村が追加指定され、現在39市町村が再編交付金の交付対象となっている。」
字面通りに解釈すれば、現在政府が強行している辺野古新基地建設は交付の対象になると考えられるが、そうではないらしい。防衛省によると、交付金を受け取るには、「賛成」「容認」の態度表明が必要であるとのことだ。
稲嶺市長は、反対の立場だから名護市は交付金を受け取ることができない。当然そのことは承知の上で反対しているはずである。渡具知候補はそこに目を付けた。彼は、交付金を受け取ると表明しているからだ。しかし、彼の立場は「賛成」でも「容認」でもない。現在、県と国が争っている建設差し止め訴訟を見守る、と言っているのだ。つまり判決が下るまでは態度を保留すると言っているのだ。優しそうな顔はしていても、実に狡猾である。
用心しなければならない。ここに落とし穴があるからだ。「賛成」「容認」でなければ、再編交付金を受け取ることはできない、と防衛省は断言している。だから、渡具知候補が仮に選挙に勝利し、名護市長に就任したとして、相変わらず現在の立場を貫くならば、交付金を受け取ることはできないだろう。しかし、当選すれば一転して「容認」するに決まっている。なぜなら、彼は稲嶺市政の間ずっと、市議会議員として「容認」の立場に立っていたからだ。彼が、それまでの態度を変えたのは、公明党の支持がどうしても欲しかったからだ。それ以外の理由は考えられない。先の市長選で、公明県本は自主投票を決めた。名護市における有権者の約2,000人が公明党の固定票だとされる。この票の行方は無党派票に次いで大きい。公明党の票がどこに流れるかは、勝敗に大きな影響を及ぼす、と言っていい。前回の選挙では、四千票差だから、公明票が全部渡具知陣営に流れたら、行ってこいでその差はゼロになる。だから、渡具知候補はどうしても公明党の支持を取り付ける必要があった。しかし、公明県本は、辺野古新基地建設反対の立場だ。そのため、公明県本が容認派の渡具知候補を支持することはなかった。ならば何故、公明県本は稲嶺市長を支持しないのか?二つの理由が考えられる。稲嶺市長を支える市議会の与党に共産党が入っている。公明党共産党は、犬猿の仲だ。それがひとつ。もう一つの理由は、公明県本と雖も、中央本部に逆らって、独自色を取り続けることは、不可能であるということだ。公明党本部は、自民党に小判鮫のようにくっついて離れない。与党中毒にかかって、売国奴政治に加担したままだ。今回、本部の圧力が公明県本にかかったことは、容易に見て取れる。しかし、金城勉県本代表にもプライドがある。「在沖海兵隊の県外、国外移転でどうだ」との金城県本代表の提案が決め手となり、渡具知候補との政策協定が成立した、と琉球新報は去年の12月29日の紙面で書いたが、それが事実ならなんとも奇妙奇天烈、奇々怪界と言うべきだろう。「在沖海兵隊の県外、国外移転」で政策協定が結べるなら、何故、辺野古新基地建設反対とはっきり言えないのか、実に不思議である。キャンプシュワブは、海兵隊の基地である。金城県本代表、遂に血迷ったか。結局のところ、裁判の行方を注視するという渡具知候補の意向は、県が裁判に負けたら、新基地建設を容認する、と言っているに等しい。そして晴れて再編交付金を臆面もなく請求する。実にずる賢いやり方だ。あまりの子供っぽさに開いた口が塞がらない。
そのような事態に陥らないためにも、一刻も早い翁長知事の撤回宣言が期待されるところだが、いずれにせよ、自民・公明の目眩し戦法に騙されてはならない。稲嶺市長と渡具知候補の内政政策には、ほとんど差はない。決定的に違うのは、やはり、辺野古新基地建設に賛成か、反対かである。その点では、渡具知候補に確たる信念があるとは思われない。狡猾で、日和見な嫌らしい性格が見え見えである。信念の薄い人間に政治を任せるのは、危険だ。名護市と沖縄県の将来にとって、良い事は何もない。
これから、自民・公明側は、政権与党の立場を最大限活用して、再編交付金はじめ、あらん限りの毒饅頭を名護市民にちらつかすことで、市民の心を大きく揺さぶることだろう。しかし、そんな子供じみた誘惑に屈してはならない。我々の先輩方は、軍用地料一括払いというプライス勧告を跳ね返すという、誇り高い歴史を作ってくれた。お陰で今日の沖縄がある。再編交付金も、これから政権側がチラつかせるであろう振興資金も国民の血税である。そんなものもらわなくても、別の形で国民に還流する、と考えれば良いだけの話だ。そのくらいの大きなスケールで政治を行わないでどうする。ウチナーンチュは物乞いじゃないんだ。当然の権利を主張して何が悪い。沖縄の未来は、我々県民の手で切り開く。名護市民の皆さん、政権与党の幼稚な目くらまし戦法に騙されてはいけません。辺野古闘争は、売国奴政治に鉄槌を下す闘いであることを再認識し、その誇り高き理念をしっかりと、県民と名護市民とで共有しましょう!

 

 

トランプ金魚の糞・安倍晋三

トランプ大統領の差別発言が止まらない。アフリカ諸国からの移民に対して、糞溜のような言葉を使ったらしい。しかも、移民制度を協議する会合で超党派議員らを前にしてである。この人本当に米国大統領なの?世界中の人がそう思いはじめている。
金正恩が愛読するというトランプ政権の暴露本『Fire and Fury』で指摘されたことが事実なら、トランプ氏は大統領になる意思は元々なかった。米国内の魑魅魍魎とした政治状況の偶然が幾重にも重なって、幽霊大統領が誕生したに過ぎない。『Fire and Fury』の中にあるイラストのひとつに、予期せぬ大統領当選報道に驚愕する幽霊のような表情をしたトランプ氏が描かれている。その右後ろに座っているメラニア夫人の眼から涙が流れている。勿論、当選を喜ぶ涙ではない。これからドナルドの身に起こるであろう困難な試煉を思って自然に流れ落ちたに違いない。トランプ氏の目的は大統領選でただ単に、おもいっきり大暴れしたかっただけではないだろうか。ドタバタと過ぎたトランプ政権の1年を振り返ると、どうしてもそう思わざるを得ない。実現できそうにない公約を次々にぶち上げる。ホワイトハウスに溜まったゴミを全部洗い流してやる。そして、Make America Great Again!と、決め台詞を繰り返し叫ぶ。Yes we can! よりもできるだけかっこよく。 鬱屈していた貧困層の白人たちはトランプ氏の扇動に狂喜した。そうだ、米国は白人の国家だ。白人の栄光を再び取り戻すのだ!言いたいだけ言ってから退場すれば良い。どうせ大統領になる気はないのだから、あとはcrookedヒラリーに任せよう。
トランプ大統領反グローバリズムの視点から評価する評論家がいるが、その見解に一理あるとしても、大統領としての適性を考えると、期待は完全に裏切られたと言えるのではないか。トランプ氏は、行動力と決断力そして勇気は備わっているかもしれないが、最も大事な政治理念が不安定である。そして、言葉があまりにも子供っぽい。知性の低い外野席の人々は喜ぶだろうが、米国大統領は世界一強大な米軍の最高指揮官であることを忘れてはならない。ビジネスの世界でどれほど取引の技倆を身につけたからと言っても、政治的駆け引きがそのまま通用するとは限らない。この1年で、トランプ氏の実力と人間性がはっきり見えてきた。軽蔑の眼差しが世界からトランプ大統領に向けられている。そしてトランプ大統領に金魚の糞のようについていく日本国の総理大臣安倍晋三にも、厳しい視線が降り注がれる。対米従属の売国奴政治に明るい明日はない。勤勉で優秀な国民を限りなく堕落させる売国奴政治を一刻も早く終わらさない限り、この国に未来はない。

 

 

Fire and Fury(炎と怒り)

Fire and Fury トランプ政権の内幕を暴露した本のタイトル名。現在、全米でベストセラーになっているらしい。まだ購入はしていないが、気になって、関連事項をネットで調べていくうちに偶然、本から引用したかなり長い文章に突き当たった。イラスト入りのかなり本格的なもので、多少興奮してしまった。さすがに言論の自由に最高の価値をおく国だと、感心する。同時に、ネット世界の便利さと恐ろしさも痛感している。読んでみると、なかなか興味深いことが書かれているが、その中でも取り分け、トランプ本人は、開票当日まで、当選するとは思っていなかった、その意思もなかったと記述している箇所には、正直驚かされた。実験国家の衣を装ってスタートした米国という国家の危うさを改めて感じさせる文章である。
Once he lost, Trump would be both insanely famous and a martyr to Crooked Hillary. His daughter Ivanka and son-in-law Jared would be international celebrities. Steve Bannon would become the de facto head of the tea-party movement. Kellyanne Conway would be a cable-news star. Melania Trump, who had been assured by her husband that he wouldn’t become president, could return to inconspicuously lunching. Losing would work out for everybody. Losing was winning.
Shortly after 8 p.m. on Election Night, when the unexpected trend — Trump might actually win — seemed confirmed, Don Jr. told a friend that his father, or DJT, as he calls him, looked as if he had seen a ghost. Melania was in tears — and not of joy.
There was, in the space of little more than an hour, in Steve Bannon’s not unamused observation, a befuddled Trump morphing into a disbelieving Trump and then into a horrified Trump. But still to come was the final transformation: Suddenly, Donald Trump became a man who believed that he deserved to be, and was wholly capable of being, the president of the United States.
敗北すれば、トランプは超有名になり、詐欺師ヒラリーに対する殉教者になる。娘イヴァンカも婿のジャレッドも世界的著名人になる。バノンはティーパーティ運動の指導者になる。(こんな良いことはないじゃないか!)トランプは、妻のメラニアに俺は大統領にはならないよ、またお忍びでランチを楽しもう、と言って夫人を喜ばしていた。敗北は全員が了解していた。敗北は勝利なのだ。しかし、意に反してトランプは当選した!確定したその日、息子 Don Jr は、父は幽霊のように見えたと友人に言っている。メラニアは泣いた。当選を喜んだからではなく、これから訪れる困難、悲劇を思って泣いたのだ。トランプ自身混乱し恐怖に慄いた。
From the moment of victory, the Trump administration became a looking-glass presidency: Every inverse assumption about how to assemble and run a White House was enacted and compounded, many times over. The decisions that Trump and his top advisers made in those first few months — from the slapdash transition to the disarray in the West Wing — set the stage for the chaos and dysfunction that have persisted throughout his first year in office.
意に反して大統領になったトランプは、ほとんどなんの準備もしていなかった。人材登用、政権をどのように運用するか・・・
短い抜粋だが、就任以来約1年に渡るトランプ政権の米国政治史上見たこともないような混乱ぶりの背景が理解できるような気がする。そして、トランプ政権の混乱は、今なお続いている。我々日本人は、これから先どこに向かうか分からない混迷極める米国に従属したまま生きて行かなければならない。我々は地獄のタイトロープを歩かされるのだ。

 

 

相次ぐ米軍機事故は自民党政権の売国奴政治が根本的原因だ

一昨年の12月13日、名護市安部にMV22オスプレイが墜落大破してから今日まで、米軍機の事故が途切れることなく続いている。今月6日に伊計島の砂浜に米軍ヘリUH1Yが不時着した。プロペラを取り外した後翌日、大型輸送ヘリCH53Eで吊るしてそのまま米海軍ホワイトビーチのヘリポートに降ろされた。2日後8日にはAH1が読谷村儀間に不時着した。そして先月は、普天間第二小学校の運動場で、生徒のわずか10メートルの距離に米軍ヘリの窓枠が落下するという信じがたい事故も起きている。明らかに経験したことのない異常事態だ。政府は直ちに、事態を正常化し、根本的解決を図るべく、米軍と交渉すべきだろう。しかし、千年一日の如く、形式的な抗議しかしない政府は、信じられないほど当事者意識に欠ける。政府は米軍に対して、はっきり物を言うことができない。目を覆いたくなるほどの臆病さである。もはや当事者能力さえない。無能で無責任、保身しか関心がない醜悪なチンピラ集団。悲しいかな、それが今の政権だ。何度も指摘したが、安倍内閣の外交・安全保障における基本的政治信条は対米追従・従属だ。そう考えると、なぜ異常な米軍機の事故発生に対する政府の対応の仕方が我々県民には、まるで他人事のように映るのかが理解できる。安倍晋三にとっては、沖縄でどれほど米軍機の事故が起きようが、所詮、遠い異郷の小さな地域の出来事にしか過ぎない。固定的少数派の沖縄県民の声が本土に正確に届かないことを、彼はよく知っている。似非保守とネトウヨの沖縄バッシングは彼にとっては、まことに都合が良い状況を作り出している。その証拠に、普天間第二小学校の事故は自作自演だと非難する、県民の神経を逆撫でするような電話とメールが、学校側に多く寄せられたという。その多くは県外からのものらしい。真実は、可能な限り封印しておけ。そしてできるだけ何事もないように装うことだ。臆病で頭の悪い安倍晋三は、胸の内で、そう思案していることだろう。沖縄県民は、当分の間、この民主主義を装う独裁者・安倍晋三と対峙しなければならない。そして、真の安全保障とは何か、少しも考えたことのない似非保守とネトウヨ連中が安倍晋三のまわりを囲んで、安倍政権を擁護する。我が国が大きな曲がり角にさしかかっている今、この政治的風景は異様である。沖縄は固定的少数派とはいえ、県外にも国外にも、我々の主張を理解し連帯を表明する多くの良識派と呼べる人々がいる。だから諦めてはならないし、安倍政権に屈するわけには行かないのである。米国政府はひた隠しにしているが、米国の財政赤字は累積で6000兆円以上あるとされる。このままいくと米国は、遅かれ早かれ財政破綻するだろう。NHKの元キャスター木村太郎氏によると、米空母艦載機のほぼ4割は、整備不良で使いものにならないらしい。木村氏の説に従えば、沖縄で頻発している米軍機の事故も、整備不良が原因のひとつと言えるかもしれない。しかし、それよりも根本的原因の背景には、米軍に頭の上がらない自民党政権売国奴政治があると断言したい。戦後、沖縄に駐留を続ける米軍基地は、先の大戦で我が国が敗北した結果の米軍による戦利品であるという事実を、日本の政治家たちは一度でも考えたことがあるか?在沖米軍基地の存在そのものを日本人は恥なければならないと、一度でも認識したことがあるか?

おそらく日本の政治家は誰一人として、そんなことを考えたことはないだろう。ないからこそ、平気で売国奴政治を進めて恥じることがないのだ。
勤勉で誇り高い国民を騙し、日本を限りなく堕落させ、奈落の底に落さんとする無能で有害な売国奴政治家は、全員ただちに腹を切れ!

 

 

県民投票は是か非か?

今朝の琉球新報の「ウチナー評論」で、佐藤優氏は、辺野古新基地建設に関する県民投票についての見解を述べている。「2018年末に予定されている知事選挙に合わせて、辺野古新基地建設に反対する県民投票を行うことについてどう思いますか」と沖縄の友人から問われた佐藤氏は、即座に反対したという。その理由は、直近の知事選挙、名護市長選挙、国政選挙の結果、辺野古新基地建設反対が沖縄の民意であることが明確に示されているからだ、と指摘している。続いて次のように述べている「そのような状況であるにもかかわらず、辺野古新基地建設の是非を問うという県民投票を行うと、日本の中央政府とマスメディア、さらに米国政府に「辺野古新基地建設に関する沖縄の民意はいまだ確定していない」という間違ったシグナルを送ることになる」。佐藤氏の指摘は正しい。これまでの選挙で民意がはっきり示されているのに、さらに県民投票を実施するのは余計なことで、意味のない二重手間にしかならない。しかも県民投票を準備して実施まで持っていくのにどれだけのエネルギーが費やされるかを考えると、労多く実少なしだ。やるべきではない。
はっきりした理由はわからないが、どうやらこの案は県政与党からでたらしい。このような無駄なことを考える暇があるなら、辺野古の現場で座り込みに参加せよと言いたい。県会議員には有り余る時間があるはずだ。与党議員(できたら野党議員も)は全員、今すぐ車を飛ばして現地に赴き、反対派と合流せよ。県民投票より、その方がはるかに効果がある。どうも県会議員の政治的能力と姿勢に疑問を感じざるを得ない。辺野古新基地建設の是非を問う県民投票に反対する佐藤氏は、返す刀で米海兵隊の県外撤退に関する県民投票を提案している。この提案は非常に重要である。

しかし、なにも知事選に合わせる必要はないだろう。今すぐにでも実施してもらいたいくらいだ。米海兵隊の県外撤退は、県議会が全員一致で可決しているから、県民投票でさらに県民の意思を表明すれば、その衝撃は間違いなく内外に大きな波紋を及ぼすことになる。全国のマスコミが取り上げれば安倍内閣に大きな打撃を与えることにもなる。世界のマスコミも報道する可能性が強い。臆病な安倍晋三の心臓はひっくり返るだろう。軍事戦略上、米海兵隊が沖縄に駐留する必然性がないことは、多くの専門家が指摘するところだ。その現実を踏まえた報道をマスコミが展開すれば、安倍内閣の安全保障政策がいかに稚拙で、不誠実なものであるかが明らかになる。実施するのに多大のエネルギーを要するとしても、そうするだけの意義はある。県民投票を計画するなら、民意が明確な辺野古新基地建設の是非を問うのではなく、「海兵隊駐留の是非を問え」と言う佐藤氏の見解に、ぼくは大賛成である。現県政は是非実行して欲しい。

 

 

売国奴政治家・安倍晋三

安倍首相は、平成二十七年の八月十四日、七十年談話を発表した。似非保守の連中は大いに喜んだが、その内容は惨憺たるもので、安倍晋三がどの程度の政治家であるか、自ら知らしめる結果となった。中学生の作文かと思わせる程度の低い、言葉の軽い、誠意の感じられない拙い文章だが、その中に次のような記述がある。
<(略)こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。
満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。
そして七十年前。日本は、敗戦しました。(略)私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。>
左翼が喜びそうな思想である。しかし、これは村山富市元総理の言葉ではない。自民党総裁安倍晋三の七十年談話の中の言葉である。安倍晋三は、総理大臣になる前は、自虐史観からの脱却、戦後レジュームからの脱却を盛んに言っていた。だから「保守の星」として、大いに期待されていたのだ。しかし、このザマである。村山談話の向こうを張ったつもりだろうが、滑稽を通り越して悲惨である。ミイラ取りがミイラになったのである。以後の安倍晋三という政治家はミイラでしかない。いや、鵺的政治家と呼ぶのが正確かもしれない。そんな男が憲法9条の第1、2項を残したまま、新たに設ける第3項に自衛隊を書き込むと言い出した。頭が悪すぎる。嘘に嘘を重ねる欺瞞に気付かない。やはり、鵺的政治家だ。軽い思いつきで国民を危険地帯へ誘導する。拉致被害家族を政治的に利用して恥じることがない。
こんな鵺的政治家に似非保守言論人が嬉々として群がる。「戦後レジュームからの脱却」は、今や売国奴政治家・安倍晋三によって「戦後レジュームの完成」を見るに至った。我が国と米国との関係は、今ほど強固な時代はなかった、とほざくその内実は、米国の支配を積極的に容認し、満足しているということに他ならない。このような精神を売国奴と呼ぶのだ。「ただの戦後青年」にすぎない安倍晋三、今すぐ政治家を辞めろ!