沖縄よ! でぃぐぬ花日記

祖国は日本。郷土は沖縄。日本国を愛し、沖縄を愛する者として、発信していきます。

勇馬氏に答える

勇馬様。返信は急がない、というお言葉に甘えてゆっくり過ごしておりました。しかし、貴方の論述はいよいよ手厳しく、誠実に対応するには頭の中をスッキリさせなければならない、と思いながらもずっと悶々としていたのも事実です。
幸いというべきか、一昨日辺野古へ参加してクタクタに疲れたおかげで熟睡に恵まれ、その恩恵は今日まで続き、おかげで私の凡庸な頭脳は、比較的スッキリしています。勇馬さんの文章を引用しながら、私の見解を述べたいと思いますので、ご容赦願います。

<この嘉手納に加え、普天間辺野古が抑止力として必要だというのが日本政府の見解です。それを否定し、嘉手納だけで十分とするのであればその根拠が必要です。それに触れないのは思考回避ではないでしょうか?>

繰り返しになりますが、私は沖縄に海兵隊が駐留する必然性はないとする立場です。その根拠となる種々の情報を列挙すると次のようになるかと思います。
1:中国の艦船、航空機の監視、警戒は海上保安庁海上自衛隊航空自衛隊の役割。在沖米軍では嘉手納基地の電子偵察機や対潜哨戒機などが任に当たる。海兵隊の出る幕はない。
2:在日米海兵隊トップのウィスラー司令官(当時)は、2014年4月の記者会見で「 尖閣諸島は極めて小さな島の集まりだ。脅威を除去するために、兵士を上陸させる必要すらないかもしれない。敵の部隊が島に上陸した場合でも、海と空からの攻撃だけで排除できる。」と述べた。海兵隊は必ずしも必要ではない。
3:軍事ジャーナリストの神浦元彰氏は次のように述べている。「 尖閣には滑走路がない、水も食料もない。そんなところに中国の漁民に扮した軍人数百人が仮に上陸し、旗を立てて万歳したところで全く意味がない。仮にそうした事態になれば、近代戦で重要なのは、制空権と制海権である。尖閣有事への対処は航空、海上自衛隊と、米空軍の嘉手納基地が十分に担える。」すなわち海兵隊の出る幕なし。
4:海兵隊の実情に詳しいジャーナリストの屋良朝博氏は次のように指摘している。「 平時の在沖海兵隊の任務は、アジア太平洋地域で深刻な自然災害が起きた場合の復旧支援や紛争への即応だ。タイやフィリピン軍との共同演習で、他国との信頼関係の醸成も重視している。このため1年のうち8〜9ヶ月は艦船でアジア太平洋地域を巡洋しており、沖縄を留守にする時間が長い。在沖海兵隊が大規模に移動する際には、長崎県佐世保市に駐留する強襲揚陸艦を沖縄に派遣し、輸送ヘリなどを積み込むが、この作業に一昼夜かかる。地理的優位性だけを論じるなら、九州に海兵隊を置いた方が効率的だ。」
5:『沖縄と海兵隊』(副題:駐留の歴史的展開)を読むと、海兵隊の生い立ちから今日までの歴史が詳しく書かれていて、全米軍に占める海兵隊の役割がよくわかる。全編を通して海兵隊が沖縄に駐留する必然性を見出すことは困難である。
以上ですが、勿論これだけではありません。海兵隊に関する情報は他にも数多くあります。それらを参照して得た結論は、沖縄に海兵隊を駐留させる戦略的必然性はない、ということです。勿論、中国の脅威に対して、在沖海兵隊はなんら抑止力にはなり得ません。日本政府の見解は、在沖海兵隊は必要であるとしか言っていません。何故必要なのか、戦略的観点からの詳しい説明は一切ないのです。今迄、国防を米国に依存してきた国策のツケが回ってきた結果だと言えるでしょう。

<Kinbushi様(理由は後日述べますが当分ペンネームで)は穴だらけの議論と認識のもとで、体を張った反基地闘争に参加されているのですか?血気にはやるまえに検証を、とお願いしたのもこの点でした。>

海兵隊不要論は、在沖米軍に関係する種々の資料を限られた範囲ではあるが、私なりに分析して得た結論です。勿論その分析が完璧であるわけがありません。その意味で「 穴だらけの議論 」という言葉を使ったのですが、少し迂闊だったかもしれません。しかし理論が完璧でなければ行動を慎むべきだとするご意見に対しては、疑問を感じざるを得ません。軍事や安全保障に関して、果たして完璧なる理論が成立し得るものでしょうか?国際情勢は日々刻々と変化しています。それに対応して軍事戦略も日々変化修正されていきます。その過程の中で得た結論に従って、私は辺野古新基地建設反対闘争に体を張って参加する決断を下したのです。決して血気に流行ったからではありません。血気にはやるほど、若くはありません。

<同じ国家の専権事項たる外交問題で、辺野古に関しては米国に出向いてまで抗議し、尖閣に関しては沖縄に居てさえ口をつぐむ翁長知事の言動とそれを支持する貴下のご意見は明白な矛盾ではありませんか。>

私は、先日の返信で、この件に関しては十分論を尽くしたつもりです。矛盾はありません。

<貴下の如き愛国者愛国心愛郷心の間で板挟みになる不幸な事態は誰がその原因を作ったのか?考えてみてください。私の先の議論の最大のハイライトは、“この反対闘争を一番喜んでいるのが中国である、ということは大局的にみれば愛国者であるはずのKinbushi様が敵国を利する行動をとっていることになりませんか?”でした。誠実に応答頂けるのであればこの疑問に真っ先にご回答をお願いしたいのです。
沖縄の反基地闘争にはチャイナマネーが間違いなく流れています。闘争現場にハングル文字が登場する写真も見ました。>

日本国を愛し沖縄を愛する者として私は自己認識しますが、その間を引き裂く壁を作るものは、国防を米国に依存してきた、そして現在も依存している歴代政権そのものです。在沖海兵隊はなんら抑止力になり得ないとの結論を得た以上、辺野古闘争に身を投じることが、中国共産党の利益に繋がるとは思いません。
在沖海兵隊が撤退すれば、中国が沖縄を取りに来るというのは、理論的裏づけに欠ける短絡的思考で妄想に過ぎません。<沖縄の反基地闘争にはチャイナマネーが間違いなく流れています。>と勇馬さんは断定されますが、ならばその情報源を教えてください。中国のどのような組織から沖縄のどのような組織へチャイナマネーが流れているのか、具体的に説明してください。断定した以上は、その説明責任があるはずです。闘争現場にハングル文字があった、とのことですが、それでなんだというのでしょうか?先日の返信で説明したように、外国勢力辺野古闘争を牛耳っている、もしくは多大なる影響を及ぼしている事実は全くありません。何度も現場に参加している者として、確信を持って断言します。

辺野古移設に反対する多くの県民はこの自分自身の検証なしに沖縄タイムスなどのマスメディアに踊らされています。これは本土の状況と全く同じです。朝日、毎日に踊らされる者は多いのです。その衆愚県民が翁長知事を支持しているからといって、その選択が正しいとは限りません。民主主義だから日本政府は沖縄県民の選んだ知事に従えというのは暴論です。>

衆愚県民?この言葉が可能なら、衆愚国民という言葉も可能でしょう。「 もはや、この国はダメなんじゃないですか?」西部邁氏の決め台詞、捨て台詞です。私も大衆なる概念が嫌いです。特にイデオロギーに支配された集団は肌に合いません。私は革命イデオロギー辺野古に参加しているのでありません。現政権の不当な政策を阻止するために、全くの個人の資格で参加しています。
<民主主義だから日本政府は沖縄県民の選んだ知事に従えというのは暴論です。>
従えではありません。圧倒的票差で翁長知事を選んだ沖縄県民の意思を尊重せよと言っているのです。暴論どころか、正論ではないですか。勇馬氏は、民主主義をどう理解されているのか、ご見解を伺いたい。

<私は貴ブログを拝読して沖縄を見る目が若干変わりました。Kinbushi様は信頼できる人物ですのでその推薦図書『戦う民意』もいずれ手に取る予定です。但し直感的に彼には胡散臭さが拭えませんので批判的に読むことになるでしょう。以上、今回はかなり厳しいことを云いましたが、これはKinbushi様を、本土と沖縄の健全で核心的な保守を架橋する能力と志を持った貴重な人材と買っている故ですのでご寛恕のほどを。考えを進める一助になれば幸いです。ご回答や反論を期待しますが、急ぎません。>

勇馬氏の真剣な問いかけに感謝します。本質をつく鋭い議論にたじろぎつつも、その誠実な姿勢に対しては、こちらもできるだけ誠実に応えなければなりません。しかし、なにしろ浅学の身ですので、十分に答えることができたかどうか、多少不安でもあります。この真剣な議論のおかげで、私自身強い刺激を受け、知識が整理され研ぎ澄まされて行くような気がします。仮にこの先、在沖海兵隊の駐留意義を解き明かし、抑止力に不可欠の存在として立証する決定的論説が出てくれば、私は現在の考えを改める用意はあります。そのくらいの精神的柔軟性は持っているつもりです。「 西尾幹二のインターネット日録」で貴方が紹介した『プリンス近衛殺人事件』は私の貴重な本の一冊になりました。多くの人々に読んでもらいたいと願っています。奇しくも今日の沖縄は慰霊の日です。(6月19日の当ブログへの勇馬氏のコメントに対する返信)

お知らせ: 保守も革新も無党派層の人も辺野古へ行こう!No Marine !
月曜日 午前9時発 平和市民連絡会(往復カンパのみ)
火曜日 午前9時発 オール沖縄那覇の会
水曜日 午前6時発 平和市民連絡会  
午前9時発 島ぐるみ会議(往復千円のみ)
木曜日 午前9時発 平和市民連絡会
金曜日 午前9時発 平和市民連絡会
土曜日 午前6時発 平和市民連絡会  
午前9時発 島ぐるみ会議
 (いずれも県庁前広場発)

 

 

 

6回目の辺野古:不屈

県庁前広場で乗った人数は19名。インター前で4名乗って総勢23名。本土からきた人が3名で、新人が一人いた。顔なじみの人が増えた。世話役はおなじみの比嘉さんという女性で、とにかく陽気な性格で話がうまい。おかげでバスの中は和みっぱなしだ。予定通り10時半頃辺野古に着いた。天気予報は雨だったが、午後少し降っただけで、快晴の猛暑日となった。とにかく暑い。こまめに水分を取らないと熱中症にやられる恐れがある。このような厳しい暑い日でも、各地から集まってくる人たちがいると思うと、只々感嘆するのみ。総人数は80名前後であろうか。執行部の人の指名で、奥間氏がマイクを握った。土木の専門家であり技術屋である。現在、K9護岸工事が進んでいるが、問題点が数多くあり、この先防衛局は必ず設計変更せざるを得なくなる、との説明があった。彼のいう通りであれば、まだまだ反対闘争を諦めるわけにはいかない。奥間氏は誠実な人柄を感じさせる人物だ。13時半ごろ機動隊が来るという知らせが入り、例によって工事車両ゲート前に座り込む。今日は最後に排除される最後列に座った。すぐ後ろにALSOK警備保障員が十数名横に並んで立っている。小雨が降ってきた。機動隊がゾロゾロとやって来た。機動隊は帰れ!コールがあちこちから上がる。ぼくも間を入れながら大声で叫んだ。「 ここは日本だ、アメリカじゃないぞ!」「 ウチナーンチュ同士争ってどうするんだ!」「 向いてる方向が逆じゃないのか!」「 機動隊諸君、君たちはいつからアメリカの犬になったんだ!」しかし、彼らも職務だ。一人また一人と排除していく。正直に言うと、彼らのやり方は決して乱暴ではない、とぼくには見えた。できるだけ感情を抑えて行動している。ぼくの両脇に二人の隊員の腕が入った。そのまま立ってください、と言うが勿論聞かない。そのまま持ち上げられる。脚を折り曲げると両上腕部に体重がかかる格好になった。運ばれる際にも、今度は抑えた抑揚で、二人の若い隊員に呼びかける。「 ウチナーンチュ同士争ってどうする?」「 君たちが正義心に厚いことはよく分かる。しかし、辺野古の正義とは何だ?よく考えてみろよ。」二人の隊員の心に響いたかどうかはよくわからない。ただ、彼らは世間というものを修行中の20代の若者だ。敵愾心を煽るような罵声を、彼らに投げつけてはいけない。できるだけ参加者の心情を理解して貰うような呼びかけ方をすべきだろう。全員排除されて後、ダンプが40台〜50台入っていった。心は折れるが、以前より精神は強くなった。現場でどう動くか、要領も分かってきた。まだまだこれからだ、と自分に言い聞かせる。機動隊が引き上げて後、一人の女性が逮捕されたことがわかった。それにどう対処するか、執行部の人の説明があった。そのことに関連して、毎日カヌー隊で頑張っている芥川賞作家、目取真俊氏がマイクを握った。彼のブログ「 海鳴りの島から」は毎日閲覧しているが、本人を直接見るのは、今日が初めてだ。驚くほど筋肉が隆々としている。毎日カヌーを漕いでいるせいだろうか、特に上半身の筋肉が発達している。早口だが覇気がある。逮捕されたとき、気をつけなければならないこと、やるべきこと、やってはいけないことなどを話してくれた。頼もしい男である。沖縄から4人の芥川賞作家が出ているが、文学者としての才能は目取真氏が一番だろう。彼の作品は世界各国語に訳されている。行動する作家、目取真俊。沖縄が味合わされてきた歴史の屈辱を晴らすために、共に頑張ろう!今日は本当に疲れた。帰りのバスの中ではずっと眠った状態だった。帰るとすぐ冷たいシャワーを浴びた。


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勇馬氏に答える

勇馬様。金城武男と申します。Kinbushiの本名です。以後、本名で呼んで頂いて構いません。ネット世界の恐ろしさを考えて、あえて名前を伏せていましたが、勇馬さんに捕まってしまった以上、覚悟を決めるときがきたようです。とは言っても、失うものは何もない身ですから、少し大袈裟な言い方かも知れません。私は、勇馬さんが仰るような教養ある人間ではありません。できるだけ常識的思考から大きく踏み外さないよう、日頃心がけている極めて平凡な一個人です。このような私が、貴方の今回の手厳しいご意見に対して、果たしてまともに答えることができるのか、全く自信はないのですが、できるだけ誠実に私見を述べてみたいと思います。田母神俊雄氏は、真の愛国者です。少しも疑う余地はありません。航空幕僚長の時発表した、いわゆる田母神論文以来、氏の言動に注目してきました。著作も何冊か読み、講演も動画で拝聴しました。さすがに航空幕僚長を務めただけあって、氏の言動に武士道精神を見る思いがしたものです。しかし、チャンネル桜水島総氏の告発により、横領罪で裁判にかけられたのは残念なことでした。横領罪では無罪となりましたが、公職選挙法違反で執行猶予5年の判決が下りて、自由の身となった現在、運動を再開したようです。多分以前と変わらない信念で、行動されることでしょう。私は、田母神氏の主張は正論であるとの立場から、支持する者です。しかし、次のような発言は支持することはできません。
“米軍普天間基地辺野古移転に対する翁長沖縄県知事の対応はどこまでも政府の方針に反対である。これほどまでに日本政府に反対のこぶしを振り上げる理由は何なのか。沖縄県知事は日本の安全保障に責任を持てない。知事は尖閣周辺で無法を働く中国船などについては何の発言もしない。”
田母神氏は、確かに軍事に関しては専門家です。しかし、全知全能の神ではありません。田母神氏の発言には論理の矛盾があり、沖縄に対する無理解があります。「 沖縄県知事は日本の安全保障に責任を持てない。」のであるならば、どうしてその知事が領有権を争って一触即発の危険を孕む尖閣問題で、中国政府を非難できるのでしょうか?知事の一言が事態をさらに悪化させることだって十分に考えられる。一市民ならいくらでも批判できるでしょう。現にネット空間では非難合戦が繰り広げられています。しかし、県民の責任を背負う立場にある県知事に果たしてそんなことが許されるのか、大いに疑問です。尖閣問題は、日本政府と中国政府との安全保障問題そのものではないですか。自衛隊を指揮監督する日本政府が責任を持って対応すべき政府の専権事項です。

仮に翁長知事が中国船の無法ぶりについて発言したとしましょう。それで中国共産党の政策が変わるとでもいうのでしょうか?翁長知事は中国共産党の政策を変えさせるほどの大物政治家でしょうか?是非そうあって欲しいものですが、現実はそうではありません。むしろ中国を名指しで非難すべきは、絶大な権力を有する日本政府ではないですか。
「 米軍普天間基地辺野古移転に対する翁長沖縄県知事の対応はどこまでも政府の方針に反対である。これほどまでに日本政府に反対のこぶしを振り上げる理由は何なのか。」
理由ははっきりしています。多くの県民が辺野古移設に反対だからです。その県民が翁長知事を支持しているからです。我々沖縄県民は、3年前の選挙で36万票対26万票という圧倒的票差で翁長知事を選んだのです。民主主義社会において、この事実は重い。政府は沖縄県民の意思を尊重すべきです。田母神氏の言い方は、まるで政府の方針だから反対しているのだ、のように聞こえるが、政府の正しい方針には賛成し、正しくない方針には反対する。民主主義国家では当たり前のことで、他の自治体も同じではないかと思うのですが、どうでしょうか?不思議なことは、自主防衛論を唱える本土のほとんどの保守論客が沖縄問題に言及する時、米軍駐留容認派に豹変するのです。田母神氏も、憲法改正、自主防衛、核武装論者のはずですが、沖縄のことに言及すると、米軍駐留容認派になるようです。これは一体どう理解すべきなのでしょうか?沖縄と本土の間に横たわるこの深い断層をどう解釈したら良いのでしょうか?本土と沖縄の間に横たわる問題の解決を得るには、この深い断層の存在を認識することから始めなければならないのかも知れません。気の遠くなるよう長い時間が必要になるでしょう。私のような凡人には解答があるのかどうかさえ検討がつきません。
さて、勇馬さんはご自身の抑止論を述べておられますが、その論理はどうも混乱しているようで、私には理解不能だと言わなければなりません。肯定されたものが否定され、そしてその逆も成立するような論理を、どう理解すれば良いのか、戸惑うばかりです。私は、国家防衛の抑止力の上限は核兵器に行き着く、と述べました。しかし、核兵器保有したからと言って、通常兵器は完全に不要であるなどと言った覚えはありません。核兵器の使用まで至らない、局地戦においては通常兵器がモノを言うのは明らかなことです。つまり通常兵器とともに核兵器を所有することで、国の抑止力は保たれるというのが、悲しいかな現代という時代の冷厳なる現実です。結論を急ぎます。嘉手納空軍基地と第7艦隊そして我が自衛隊で我が国の抑止力は当面の間十分である、勿論後方に控える米国の数千発の核兵器も計算に入れてのことである、との私の見解に対して勇馬さんは疑問を呈しておられる。その疑問は沖縄から海兵隊がいなくなって果たしてほんとうに大丈夫なのか、と言うことですが、正解に近い解答を得るためには、もう少し突っ込んだ議論が必要かも知れません。何しろお互い、軍事学に関しては素人ですから、議論が粗野で穴だらけになるのは仕方のないことでしょう。だからといって誰からも責められることはないと思います。
ことのついでに、勇馬さんに推薦したい本があります。『 戦う民意 』というタイトルの本です。著者は沖縄県知事翁長雄志です。きっと勇馬さんの沖縄を見る目が変わると信じます。政治家が書いた本に感動したのは、この本が初めてです。(昨日の当ブログへの勇馬氏のコメントに答える)


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辺野古闘争は日本の将来を占う歴史的闘争になる

今日の産経ニュースによると、政府は、翁長知事が辺野古の工事差し止め訴訟を提起すれば、翁長氏個人に損害賠償請求を行う検討に入った、という。これが事実なら実に恐ろしいことである。安倍内閣の正体がいよいよ明らかになってきた。強大な権力を持つ政府という組織が、翁長知事だけを標的にして個人攻撃を仕掛けてきたのだ。知事だけを恫喝すれば、なんとか落とせるかもしれない、と政府が考えているとすれば、とんでもないことだ。こんなヤクザな脅しに対して、我々県民は決して怯んではならない。今こそ3年前の知事選挙を思いおこそう。振興予算の増額という餌に飛び付き、公約を破棄して辺野古移設を容認した恥知らずで臆病な仲井真知事に代えて、辺野古新基地はあらゆる手段を使って阻止する、と明言した勇気ある翁長知事を我々県民は36万票対26万票という圧倒的票差で誕生させた。にもかかわらず、安部内閣は県民の意思を尊重するどころか、踏みにじってきた。いったい日本の民主主義はどうなっているのだ?
沖縄では多数派である民意が、政府によって無視される。安部内閣の本質は、民主主義を装う独裁政権である。民主主義を独裁的に利用、行使する危険極まりない政権である。国家防衛に関する安全保障について、真剣な議論が交わされた形跡すらない。安倍内閣の安全保障政策に日本の将来の展望を見ることはできない。米軍従属ありきの臆病で不誠実な政権である。そのような無能な政府の子供じみた脅しに屈してはならない。辺野古における闘争は、日本の民主主義と、安全保障を占う歴史的闘争となる。この闘争に敗北したら、日本の民主主義は限りなく堕落し、日本の真の独立は100年遅れるであろう。民主主義の質を高めるために、全国の良識派の皆さん、辺野古に結集しよう!

 

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軽い鉄砲玉:真子ちゃん

軽い鉄砲玉、我那覇真子が一昨年に続き、ジュネーブ国連人権理事会でスピーチをした。
一昨年は、翁長知事の後を追いかけて行き、知事のスピーチの後、反論スピーチをしたことがあった。その時の彼女の行動力と度胸には驚かされたが、今回は沖縄平和運動センターの山城博治議長に先んじる形で、予定されている山城氏のスピーチの前日に、山城氏を貶めるスピーチをしたと言う。いやはや恐るべき執着心の強い女性である。彼女のこのようなファナティックな性格はどのように形成されたのだろうか、と少し調べてみた。彼女自身が告白しているように、彼女の父親の保守思想教育が強く影響していることは間違いない。父親は我那覇隆裕という人で、チャンネル桜「沖縄の声」のキャスターの一人である。公開された動画を見れば彼の思想の大まかな輪郭を理解することができる。動画を見た限りでは、なかなか立派なことを主張しているように思われた。本土の標準的な保守論客の主張とほとんど変わらない内容である。しかし、何処かおかしい。何かが欠落しているような気がする。それは何か、と考えてみた。すると彼の立ち位置が沖縄ではないのではないか、と疑わしくなった。彼は本土の視点に立って沖縄を見ているのだ。本土の側に立つ保守論客であり、沖縄の大地に足をつけた保守思想家ではない。なぜなら彼の主張の背後には、沖縄が歩んできた歴史が見えてこないからである。
日本の保守思想を踏襲するだけでは、沖縄における真の保守思想家と呼ぶことはできない。なぜなら、保守思想とは何よりも、長い歳月を費やして培われた、その土地の伝統、文化、慣習そして歴史を第一に重んじる筈である。しかし、我那覇氏の主張からそのような姿勢を感じ取ることはできなかった。沖縄の左派を批判するだけで、沖縄がなぜそのような困難な状況に追い込まれたか、何の説明もないのだ。沖縄において、どこまでが保守で、どこまでが革新かを峻別するのはなかなか難しいが、ぼくは翁長知事は本土の保守とは肌合いの異なる沖縄の保守の一人だと考える。知事の発言には沖縄の文化伝統に対する愛情が感じられるからである。公衆の場で、臆することなく、はっきりとウチナーグチで挨拶する姿は、沖縄の文化伝統に対する愛情、自信の表れでもある。その知事の姿勢に多くの県民は共感している筈だ。そして知事自身もはっきり言っている。「私は沖縄の保守です。」と。沖縄の革新はどうか、というとやはり本土の革新系とはその肌合いは大いに違うのではないか、とぼくは思う。
沖縄の革新派は、本土の革新系のようにイデオロギーが前面に出てくるのではなく、日米両政府の理不尽な抑圧に対する抵抗から生じる、止むに止まれぬ土着的自然の感情と見るべきではないだろうか。国会の質疑応答を見れば、その辺の事情が良くわかる。革新も保守も沖縄選出の国会議員は、例外なく沖縄の利益を第一に考えた質問をするのである。そのような光景は、他の国会議員には異様に映るのではないか。沖縄ファーストゆえに、沖縄の革新派は、その内実は沖縄の保守である、と断定したいのだが、果たして暴論になるだろうか?
そういう意味で考えると、我那覇氏は沖縄の保守とは言えない。彼の主張には沖縄に対する愛情がないからだ。沖縄の大地に足のつかない、空中を飛翔する保守思想を述べているに過ぎない。そんな人間が、沖縄を起点にして、主体性のない本土の現状を変えてみせるというのだから、滑稽である。沖縄の歴史を大事にしない沖縄の保守の主張など、本土の保守論客が受け入れるはずがないではないか。受け入れる人がいるとすれば、そんな人間は似非保守に違いない。
ぼくは皇室を敬愛し尊崇する、沖縄では珍しい人間だろうと自負する者だが、皇室の文化が沖縄に入ってきたのは、琉球処分以後のことである。この歴史的事実ひとつとってみても、本土の保守と、沖縄の保守は決定的に違うと、認識するべきだろう。しかし、我那覇氏にはその自覚がないようだ。残念なことに、その軽薄さは、そのまま娘に受け継がれたようである。
真子ちゃんは、素直な性格ゆえに、父親の教えをまっすぐ受け入れて、自らの精神の拠り所にしてしまった。若き彼女を保守運動に駆り立てたのは、父親の教えが強烈だったからに他ならない。しかし、20代の若者に必要なのは、何よりもまず批判的精神を身につけることではないだろうか。どんなことでも、鵜呑みにするのではなく、どこか変だと思ったら、解答が出るまで時間をかけてじっくり考える癖を身につけること。真子ちゃんは今まで、父親の言うことに少しでも疑問を感じることはなかったのだろうか?頭の切れる女性だけに気の毒だ。左翼を批判するだけではなく、広い視点に立って、沖縄の歴史を観察してもらいたい、と希望したいのだが。いづれにしても、理解し難い不思議な親子ではある。

 

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5回目の辺野古・苦しい中の勝利

今日の辺野古は一日中雨が降り続いた。そのため参加者は全員、工事車両ゲート前ではなく、ブルーテントの中に陣取った。奥間氏に続いて、北上田氏が工事の現況と、この先予測される工事の困難性について、専門的見地からの具体的な説明があった。両氏ともに土木建設に関する専門家である。それだけに説得力があるが、果たして両氏が言うように、この先の工事が防衛局の設計ミスで不可能となるのか、素人のぼくには判断できない。しかし、参加者に何らかの希望を与えたのではないだろうか。多くの人が、頷いて拍手したからだ。
さて、この激しい雨の中、果たして機動隊の出動はあるのか、ないのか。テントの中から国道の向こう側のキャンプ・シュワブ基地内で待機している数台の機動隊車両が、フェンス越しに見える。昼食が終わってからだった。機動隊車両がゆっくり時間をかけながら、一台また一台と基地内から出てそのまま去っていったのである。間も無くして、今日は機動隊の出動はないことが確認された。それで、予定より早く14時半に帰ることになった。ところが、砕石を積んだ十数台のダンプカーがこちらに向かっているとの報告が入った。全員急いで土砂降りの中、工事用ゲート前に陣取った。すると確かに、砕石を積んだ十何台かのダンプカーがきて、工事用ゲート手前で停車したのだ。いつもなら、ここで機動隊が来て参加者を排除していくのだが、その機動隊は引き上げていない。十何台かのダンプカーは縦に並んで停車している。その後ろで一般車が長い列を作っている。ダンプカーは帰れコールの間中、我々とダンプカーとのにらみ合いが20分ちかく続いただろうか、ついにダンプの方が根負けして、全車両が我々の前を通過してそのまま去っていった。しかし、これではまだ安心できない。引き返してこないとも限らないからだ。執行部は良い意味で慎重だった。ダンプが完全に引き上げたかどうか、確認が取れるまで待機しよう、ということになった。それから1時間ほど経っただろうか、ダンプが引き返してこないことが最終的に確認された。激しい雨の中、総勢約70名による勝利の歓声が辺野古の空に響いた。帰りのバスに乗り込んだ時は、腕時計の針は16時を指していた。バスの中も勝利の喜びに湧いた。5回目の辺野古は記念すべき日となった。しかし、ダンプの運転手さん達には気の毒なことをしたと思っている。彼らだって生活がかかっている。辺野古の不幸は、ウチナーンチュ同士が争わなければならない不条理にある。
しかし、運転手の皆さん、辺野古米軍海兵隊新基地が完成したら、ウチナーンチュの誇りはズタズタに引き裂かれ、沖縄の未来は閉ざされることを、どうか理解してほしい。我々は好きこのんで反対闘争をしているのではない。我々だって心の内は苦しいのだ。

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引き継がれる志

大田昌秀さんが亡くなられた。10代の若さで沖縄戦の地獄を体験してから、生涯を通して、大田さんは沖縄が永久に平和の島になるように願い、訴え、行動してきた。あえて苦難の道を歩まれたその志を引き継いでいく義務が、我々残されたウチナーンチュにはある。大田さん、安らかにお休みください。そして、沖縄の未来を温かく、お見守りください。

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水曜日 午前6時発 平和市民連絡会  
               午前9時発 島ぐるみ会議(往復千円のみ)
木曜日 午前9時発 平和市民連絡会
金曜日 午前9時発 平和市民連絡会
土曜日 午前6時発 平和市民連絡会  
               午前9時発 島ぐるみ会議
 (いずれも県庁前広場発)