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沖縄よ! でぃぐぬ花日記

祖国は日本。郷土は沖縄。日本国を愛し、沖縄を愛する者として、発信していきます。

憲法改正を急げ!

安倍総理、全精力を傾けて憲法改正を急げ。

冗談で言っているのではない。いまの我が国の閉塞状況は極限に達している。拉致問題尖閣問題、等を解決するのに、もはや従来の外交のやり方に限界があるのは明らかだ。その原因ははっきりしている。現憲法では自衛隊を動かすことができない。これが最大の原因である。

北朝鮮は核で我が国を威嚇し、中国共産党尖閣諸島を奪いに来ている。これに対抗する手段は一つしかない。自衛隊を国軍に昇格させて、抑止力を完璧にすることである。大多数の国民が、もはやそれ以外の解決方法はないと思っている。

在日米軍に頼りきってはならない。なぜなら彼らは、かつての敵国だからである。勿論、敵対する必要はないが、制限なき信頼は危険である。賢く利用することだ。嘉手納空軍基地と第七艦隊だけを残し、沖縄の海兵隊は撤去して貰う。これで沖縄問題は完全ではないが、概ね解決する。正論を強く主張すれば、米軍も納得するだろう。

米軍の顔をたてるため、日米地位協定の改定も当分の間、見合わせて、我慢する必要があるかもしれない。これらのことを達成するために憲法を改正するのだ。禊祓いをして、自主憲法を制定せよ。

第九条

一、国防の為、国軍を保有する。ニ、他国への侵略は、これを行使しない。

安倍総理はもともと憲法改正論者ではないか。ならば、総理になって4年にもなるというのに、何をぐずぐずしているのか。自分の思いを、正直に国民に訴えれば、賢い国民は必ず理解する。反対勢力と堂々とわたりあって、中央突破して、指導力を発揮せよ!

森友学園問題などは小さな問題である。総理には日本国の舵取りをする大きな責務がある。安倍晋三の命など惜しんではならない。命は天に預けよ。日本国の命運は、総理、あなたにかかっているのだ。

 

チャンネル桜の水島総社長と沖縄

2年ほど前からチャンネル桜YouTubeでよく見るようになった。その理由の一つは、登場する論客陣が凄い、ということがある。特に西尾幹二日下公人西部邁馬渕睦夫、小堀圭一郎、各氏の博学は抜きん出て、討論番組での論述を聴くことで、又、諸氏の著作を読むことで、多くのことを、特に保守思想の本質を学ぶことができたように思う。

そして、もう一人、佐藤健志氏がいる。現代という難しい時代を、独創的に解明する注目すべき人物だ。次代を担う、論客の一人になることは間違いないと思うし、期待したい。そのほかにも深い学識を持つ多くの論客がいる。

「防人の道」という、元自衛官達の貴重な話を聞くことができる番組もある。そういう意味で、チャンネル桜の水島社長には、大いに感謝しなければならない。ところが、チャンネル桜沖縄支局に関しては、事情が違ってくるのだ。

水島氏は当然、保守派の論客の一人であり、安全保障に関しては、GHQ憲法改正、自主防衛を主張している筈である。ところが、水島氏は先刻、十数名の仲間達とともに沖縄に来た時、辺野古で基地建設反対運動をする人たちをマイクを使って、非難した。水島氏の仲間達が大きな日の丸を支えて立つ光景は異様であった。

水島氏は、反対派のうち、主に左翼を非難していたように思うが、それでも明らかに氏の態度は、思想的に矛盾していると言わざるを得ない。なぜなら、反対派には左翼を除く、多くの県民がいるからだ。そして、辺野古で反対運動をする県民の後ろには、辺野古には行けないが、翁長知事を支持して投票した、辺野古米軍基地建設に反対する多数の県民の存在がある。ぼくもその一人である。

それとも水島氏は、反対派全員を非難したいのだろうか?そうだとすれば、在沖米軍基地の存在を容認する立場をとることになるが、それだと東京にいる時と、沖縄にいる時との主張が違うことになる。仮に、左翼だけ非難することが目的だったとしたら、度量が小さすぎはしないか。

本気で自主防衛を唱えるなら、県民と一緒になって、辺野古米軍基地建設に反対するのが筋だと思うが、どうだろうか。それが嫌なら、黙って見守っていれば良いだけの話だ。左翼だろうと右翼だろうと、辺野古米軍基地建設に反対する人なら、我々沖縄県民としては、大歓迎である。地元の住民が大きな力に抑圧されている時、その大きな力と戦うのに左翼も右翼もあるものか。

ところで失礼は承知の上だが、果たして水島氏は、沖縄の歴史をどの程度勉強したのだろうか?

沖縄の現状を理解するためには、どうしても琉球・沖縄の歴史を知っておく必要があると、指摘しておきたい。沖縄はその面積が全国の0.6%しかない狭い地域だが、琉球・沖縄がたどって来た歴史は、けっして平坦な道ではなかった。無理に単純化すると、本当の姿を捉えることはできない。水島氏が力を入れている南京事件の真実を知るには、最低限、当時の中国の歴史を知る必要があるのと同じ理屈である。偉そうなことを言うようだが、是非、琉球・沖縄史を勉強してもらいたい。

そのうえで、ウチナーンチュに対して言いたいことがあれば、堂々と主張すれば良い。そして、沖縄にも安全保障に詳しい論客陣がいるから、彼らと議論されたら良いと思う。

さて、皇統を敬愛する気持ちは、ぼくと水島氏は多分、濃淡の差はあれ、共通している。

しかし、沖縄に関しては、立場は大きく異なる。ぼくは、自主防衛という確たる安全保障の観点から、沖縄と我が国にとって、不利益となる勢力とは徹底的に戦うつもりだ。そして、これは、皇統を尊崇する気持ちと少しも矛盾しないと確信している。辺野古米軍基地建設に反対するのは、日本の将来のためでもあると信じて疑わない。

その理由は、当面の間、我が国の抑止力は、嘉手納空軍基地と横須賀の第七艦隊、それと我が自衛隊だけで十分だからである。海兵隊は沖縄に駐留しなくても、我が国の抑止力になんら問題ないのだ。そして政府は、急いで自主防衛路線へ国策を転換するべきである。GDPが韓国より少ないあのロシアさでえ、広大な国土を一国で守っているのである。

戦後71年にもなるというのに、かつての敵国の軍隊が我が国に駐留し続けること自体が、異常なことであり、正常なあるべき姿に戻すべく、国民が声を上げなければならないのだ。その意味でも、辺野古米軍基地建設反対運動は、日本人として真っ当な行動であると断言する。

本土の多くの言論人同様、水島氏も、沖縄について発言する時は、誤解と偏見に陥るようで、ある意味尊敬している水島氏だけに、非常に残念である。「沖縄の声」のキャスター陣は東京と比べると、その力量の貧しさは、見ていて恥ずかしいばかりである。特に、在沖米軍擁護論を展開するヒジャイこと、又吉康隆の存在は異常である。

「ブーべの恋人」と山城議長の保釈

戦争末期のイタリアの或る田舎町。石造りの古い建物と舗装されていない道路。車が通る度に砂埃が舞う。そこに一人の若い男がやってくる。ブーべと言う名前のパルチザンである。殺された同志の家族を訪ねてきたのだが、そこで美しい妹、マーラと出会う。

マーラは両親と、年の離れた弟と一緒に暮らしている。父親は、パルチザンに好意を持っているが、息子を失ったことで母親はあまり良い顔をしない。ブーべを加えた家族の食事が始まるが、各人、一皿に味の薄いスープだけという貧しさだ。

ブーべはいつかまた来る約束をして帰る。マーラは外に出て彼を見送る。その時、あの懐かしいテーマ曲が流れる。二人に芽生えた純朴な愛を、言葉ではなく音楽で暗示する感動的なシーンだ。

筆不精のため、ブーべからの手紙はたまにしかこない。マーラの恋心は募る一方だが、ブーべに会うと、冷たい態度を装う。ブーべもしつこく愛を求めるわけでもない。若い男女によく見られる心理だ。マーラは気丈な娘で、ブーべは正義感は強いが淡白なところがある。

逢引きを重ねるごとに、恋心は深まり、家族の同意のもと二人は婚約する。そして、テーマ曲が暗示するように、運命は二人に過酷な試練を与える。

ブーべはパルチザンとして闘っている間に、人を殺し、そのため警察から追われていた。その追求がいよいよ厳しくなって、仲間の薦めで外国に一時、身を隠すことになる。マーラは一緒に連れていくようせがむが、一時的だし君のためだからと言い残して去る。

以後、ブーべからの音信は途絶え、孤独の月日が過ぎ去る。そして偶然、優しい真面目な男性と知り合い、彼と付き合うようになるが、ブーべのことを忘れることができず、相手の求婚を拒否し続ける。しかし、ブーべからの便りは無く、ついに男の強い情熱に押されて、結婚の約束をする。

そんなある日、ブーべが逮捕され裁判が開かれるという知らせが届く。ブーべに面会すべきか、それとも彼のために会わないほうがいいのか、マーラの心は激しく揺れる。これはぼくの勝手な推測だが、マーラがこの時妊娠していたら、おそらく彼女はブーべに会いにいくことはなかったに違いない。

マーラのブーべを想う気持ちは、まだ切れていなかったのだ。彼女は父親と一緒にブーべに面会に行く。久しぶりに向き合った二人は、ぎこちない会話を交わすが、それでもブーべが今も自分を愛していることを確信した彼女は、少しでもブーべの役に立ちたいと、証言台に立つ決心をする。

 しかし、彼女は緊張のあまり証言台でしどろもどろになり、彼女の証言が裁判に生かされることはなかったが、この体験は逆にブーべに対する想いを強めたように思われる。そして判決が下されるが、裁判官が判決を言い渡す場面はカットされているので、観客はその結果を知ることはできない。

そして最後の場面。マーラが汽車に乗るところを、かつて結婚の約束を交わした男が偶然見つけて、彼女のところへ駆け寄ると、マーラも彼に気づき、汽車のドアのところで二人が言葉をかわす。

「久しぶりだね、会えて嬉しいよ。どこへ?」「ブーべに会いに」

「よく行くの?」「2週間おきに」

「君は・・・。君はほんとうに強い。」「ブーべはもっと強いわ。7年も塀の中にいて、気力を失っていない。最近になってようやく将来を語りあえるように。」

 「あと7年待つのか?」「あっという間よ。7年経てば私は34歳、彼は37歳。まだ子供も産めるし、結婚だって・・あなたは?」

「ここで働いている。」「結婚したの?」

「ああ」「よかったわ、例の彼女と?」

「いや、別の女性だ。(間)元気で(チャオ、マーラ)。」「じゃあね(チャオ、ステファン)。」

暗い表情で男は去って行く。汽車が発車する。マーラの独白「短い時間だけどブーべに会える。14年と聞いたときは不安になったが、以外と平気だった。」テーマ曲がずっと流れる。

この作品を見終わってから、山城議長の保釈を知った。支持者の前で、彼がカチャーシーを踊るのを見て、「ブーべの恋人」とオーヴァーラップする感覚がぼくを襲った。時代も状況も全く異なるのにもかかわらず、何か共通するものを、ぼくの抑制の効かない感性が感じ取ったのだろうか?

 

 

森友学園問題から見えてくるもの

籠池泰典理事長の証人喚問が23日に行われることが決まった。野党側の参考人招致を拒否した自民党だったが、安倍総理夫人を介して、安倍総理から百万円の寄付金を受けたと、籠池理事長が発言したため、怒った自民党がそれじゃ証人喚問にしようといって、与野党合意で証人喚問が決まった、というような状況の流れが各マスコミから報道された。

何故、今まで表に出なかった事実を暴露したのか、籠池理事長にどのような心境の変化があったのか、氏の胸の内を知るよしもないが、国会を巻き込んだ一連の騒動を見て感じることは、戦後保守派と呼ばれる人間が、いかにだらしなく、いい加減であるかということである。

数年前の海上保安庁の船に中国漁船が体当たりした事件以来、度重なる中国共産党の我が国に対する傍若無人な振る舞いが、国民を大いに刺激して、にわか保守層を誕生させるきっかけとなり、屁っ放り腰の民主党政権に代わって、保守派期待の星、安倍晋三政権を誕生させる要因となったのは、多くの国民が認めるところだろう。

その安倍総理と籠池氏を結ぶのはお互い保守思想の持ち主であるということだと思うが、籠池氏が総理になる前の安倍氏にどの程度の思想的共鳴を懐き期待を寄せていたか、総理に就任してからもその思いは持続したのか、あるいは多少なりとも変容していったのか、 情報は限られていてなんとも判断しかねるが、どうも各マスコミの報道を見る範囲では、籠池氏の方から積極的に安倍総理に接近したのではないかと推察してほぼ間違いではないと思われる。

そうだとすれば、籠池氏の意図は明らかである。学園を経営する上で、安倍総理をなんらかの形で利用できないか、学園のステータスを上げるのに総理の名前を活用できないか、と思案を巡らしたに違いない。そう考えると、安倍晋三記念小学校という名前をつけた強引さも納得がいく。

安倍総理は、自分の名前を学校名にするのは迷惑だとして、断ったことが判明したので、両者の関係は籠池氏の一方的な思い入れが強かったのではないかと推測される。それが事実なら、証人喚問が行われたとしても、安倍総理が法的に問われる事態にはならないだろう。

国会の場で、籠池氏がどんな発言をするか見ものではあるが、そんなことよりも保守思想を標榜する氏の体質、人格こそ問われるべきである。

氏が愛国者であるのは疑う余地はないと思うが、幼稚園児に教育勅語を暗唱させる氏の教育者としての姿勢は大いに疑問である。ぼくは、教育勅語そのものに対しては、なんら抵抗感を感じる者ではなく、むしろ尊崇の念を持つ一人だが、その文体は文語調で格式が高く、基礎的教養を身につけた者でないと、容易に理解できるものではないと思う。

それを幼稚園児に強制するのは、大人の身勝手と言うべきで、園児達にとっては、なんの躾にもならないどころか、無意味であり、精神的拷問になる恐れさえある。そのように考えると、籠池氏は教育者としては失格であると言わざるを得ない。

日本の危機的現況に警鐘を鳴らす氏の想いは理解できないでもないが、氏の教育方針には反対である。園児達にとって、最も重要なことは、困難な状況に耐え抜く強い精神力と丈夫な体を身につけさせることであって、純朴な園児にとって観念的範囲を超えないままの教育勅語を暗唱させてもなんの役にもたちはしないことは誰にもわかることだ。

一方の安倍総理はどうか。拉致被害者の救出、憲法改正北方領土の返還、戦後レジームからの脱却、日本を取り戻す、総理になる前の数々の威勢のいい発言の中で、緖に着いたのは北方領土の返還交渉だが、その中身は経済交流を深めるというもので返還の「へ」の字も見当たらない気の遠くなるようなものでしかないことがはっきりしたにすぎない。

安倍内閣ができて四年、その軌跡を遡っていくと、内閣の性格が明瞭になったのではなかろうか。歴代内閣と似たり寄ったりの屁っ放り腰内閣であると断言したい。完全な期待外れである。

期待した人間が悪いと言われればそれまでだが、何しろ外れた度合いがあまりにも巨大で、日本のこれからの進路に絶望的にならざるを得ないのだ。安倍総理は2013年12月に靖国神社を参拝して以来、一度も参拝していない。その理由は、国内外、特に米国と中国そして韓国から反発されたからである。

世界第3位の経済規模を誇る大国の総理大臣が、国家のために戦って死んでいった英霊に感謝の意を捧げるのに、他国に非難されたからといってなんで萎縮する必要があるか。非難した国の脅し文句を聞きたいところだが、靖国神社を参拝したら、原爆を落とすぞとでも言われたのか。

実際、米国は原爆を落とすぞと、毛沢東を何度も脅迫した実績があるから、その可能性はあり得るだろう。しかし、毛沢東は少しもビビることはなかった。貧乏国であったにもかかわらず、急いで独自に核実験を成功させたのだ。

毛沢東を見習うべし、とまでは言わないが、少なくとも8月15日は靖国神社を参拝せよと言いたい。これは日本国民を代表する内閣総理大臣に課せられた最低限の義務である。義務を果たすことができなければ、総理は即刻辞任するべきである。

そのくらいの覚悟がなくて総理大臣が務まるか。積極的平和主義などと言って、世界各国を飛び回るよりも、他国の非難をはねのけて、8月15日に靖国神社を参拝する勇気を見せつけるほうが、世界の歴史を大きく転回させる効果があるとなぜ理解できないのか。

西尾幹二氏をはじめとする少数の思想家を除けば、籠池氏、安倍総理他、大多数の戦後保守派なんていい加減で醜い姿を世間に晒しているだけで、ぬるま湯に浸かって自分は日本の良き伝統を守る保守派である、と自己満足しているに過ぎない。

 籠池氏の証人喚問で出てくるものは、戦後保守派の聞き飽きた陳腐な言葉のやりとりだけのように思われて、なんとも暗い気持ちになる。

 

 

琉球新報社説子の歴史認識を批判する

今日の琉球新報の社説は「全学徒隊の碑 「強制動員」の歴史忘れまい」というタイトルで平和記念公園内に「全学徒隊の碑」が建立されたことについて述べているが、社説子の歴史認識に違和感を覚えるので、その点だけ批判したい。
< 沖縄に配備された日本軍の任務は、沖縄を守り抜くことではなく、米軍を一日でも長く引きつけて「出血消耗」させ、日本本土への攻撃を遅らせることだった。>

半分は真実であるが、半分は嘘である、というよりも社説子の独断が入っているため、真実が曇っているといったほうがより正確だろう。社説子の意図が日本軍を非難することにあるのは明らかだ。真実に近づくためには、当時、日本を取り巻く全戦局、沖縄の戦略的位置付け等、日本がどういう局面に立たされていたか、その全体像を把握する必要がある。詳述は控えて、沖縄に限っていえば、米軍の大艦隊が沖縄を包囲した時、すでに日本の敗戦は濃厚で、終戦の僅か四ヶ月前であった。米軍に較べて、我が軍の兵力は圧倒的に僅少で不利であり、沖縄を守るための戦略は限られていた。

<沖縄に配備された日本軍の任務は、沖縄を守り抜くことではなく、>と社説子は書いているが、そうではない。もはや、沖縄を守り抜くことが不可能な状況下にあることは、大本営も沖縄守備隊の軍首脳部も理解していたのだ。そうであるなら、残された道はただ一つ、祖国防衛のために最善を尽くすことである。

敵兵を一人でも多く殺して、敵軍をできるだけ消耗させること、それ以外の選択肢はない。戦争とは、殺すか殺されるかである。この冷徹な現実を踏まえた上で、参謀八原博通は必死に最善の策を練り、作戦を遂行したにすぎない。そして、ひめゆり学徒隊他、全学徒隊も命懸けで負傷兵達の治療に専念した。アメリカ軍の圧倒的物量に敗北したとはいえ、我が日本軍はよく戦った。大田中将が海軍次官に当てた電文は沖縄戦の内実をよく伝えている。

「一木一草焦土と化せん。糧食6月一杯を支うるのみという。沖縄県民斯く戦えり。県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを。」

米兵を恐怖におとしめるほど、日本軍人が精神的に強靭であったのはなぜか?日本に確たる大義が存在したからである。その大義とは、大東亜戦争自衛戦争であると同時に、東南アジア諸国を欧米帝国主義の植民地から解放することであった。「開戦の詔勅」に明らかである。

社説子に悪意はないとしても、歴史を表層的にしか見ていない嫌いがあると思うがどうだろうか。GHQ憲法の眼に見えぬ悪しき効力が、ここでも見事に、社説子に影響を及ぼしている、というべきだろう。

<今回建立された碑は、沖縄戦の実相を伝えると同時に、子どもの生命を脅かし夢と希望を奪う行為を許してはならない-というメッセージを発信する場となってほしい。>

二年前、セルラースタジアムで翁長知事候補の応援演説に立った、今は亡き菅原文太が次のように述べた。「政治家の仕事は二つある。ひとつは、国民に体に良い食料を提供すること。もうひとつは、戦争をしないこと!」

聴衆から怒涛の拍手がわき起こった。ぼくも感動して、胸が熱くなったものである。少数の好戦的人間を除いて、戦争を好む人間はいない。人間同士が殺し合い、自然を破壊し尽くす戦争は、母なる地球に対する人類の最大の罪であると思う。戦争は反対だ!と、ぼくも大きな声で叫びたい。

しかし、戦争ができない仕組みを、人類はまだ編み出せずにいるのも冷厳なる事実だ。永久平和の過程に人類はいるのだと、多少楽観的に考えたところで、こちらに落ち度がなくても殴りかかってくる他者が存在する以上、万全の備えは必要だろう。最悪の場合、戦わざるを得ないのが現実だ。

社説子が言っているように、全学徒隊の碑が沖縄戦の実相を伝え、平和のメッセージを発信するのは大変良いことであるが、同時に、学徒隊は祖国防衛のためによく戦ってくれたと、感謝の気持ちを持つことも大事なことだと、強調しておきたい。

 

又吉(ヒジャイ)よ、下手な冗談もいい加減にしたまへ「沖縄に内なる民主主義はあるか」を批判する 7

<「沖縄を返せ」は日本に沖縄を返せという歌である。歌の意味も知らずに歌う連中の無知よ>

というタイトルで又吉(ヒジャイ)は相変わらず視野の狭い、幼稚な言論を展開している。在沖米軍擁護論者、原理主義的民主主義論者としての彼の思想傾向のいい加減さ、矛盾をよく表している内容なので、その点を指摘しつつ批判したい。

< 固き土を破りて 民族の怒りに燃える島 沖縄よ

 我等と我等の祖先が血と汗をもて 守り育てた 沖縄よ
我等は叫ぶ沖縄よ 我等のものだ沖縄は
沖縄を返せ (返せ) 沖縄を返せ

この歌は沖縄の人間がつくったものではない。本土の公務員がつくった歌である。だから。民族とは日本民族のことである。「我等のものだ沖縄は」とは沖縄は日本のものだということであり、沖縄を日本に返せと主張しているのがこの歌である。

私はこの歌が嫌いだった。「民族の怒りに燃える島」と民族主義であるのと、「我等のものだ沖縄は」と沖縄を「我ら(日本)」の所有物だと主張していることだ。沖縄は誰の所有物でもない。沖縄は沖縄だという思いが私には強かった。>

又吉(ヒジャイ)には短絡的思考癖がある。本土の公務員が作った歌だから、

<「我等のものだ沖縄は」とは沖縄は日本のものだということであり、沖縄を日本に返せと主張しているのがこの歌である。>と決めつけている。

真実は、米国統治から沖縄を取り戻して日本国憲法下に保護せよと主張しているのであって、沖縄は日本の所有物だなどとは、一言も言及していない。又吉(ヒジャイ)特有の短絡的推測に過ぎないのは明らかである。

仮に、又吉(ヒジャイ)の主張を容認するとしたら、他のところで書いた彼の文章と辻褄が合わなくなる事を彼はどう説明するだろうか。つまり、彼は琉球処分は明治政府による当時の農民たちの琉球王朝からの解放であった、だから農民たちは喜んだに違いないと書いているのだ。

そうであるなら、沖縄は日本政府に多大なる恩義を受けたのだから、日本が沖縄を自らの所有物だと主張したとしても、少しもおかしくない筈なのに、それを非難するとは、自分の主張に論理的整合性がないことを自ら暴露しているようなものだ。

彼の琉球処分論に対して、ぼくはこのブログで先日批判したので、ここで詳述するのは控えたい。ただ一言で要約すると、約260年に及ぶ薩摩藩(ヤマトゥ)の支配でヤマトゥに対する不信感が身に染み込んだ農民たちが、琉球処分(廃藩置県)の真意を理解して、単純に喜ぶ姿をぼくはどうしても想像できない、と述べたのである。

<「沖縄を返せ」は祖国復帰運動の象徴的な歌だった。祖国復帰するのは沖縄人は日本民族であり、本土は母なる祖国であるから祖国に復帰するのは当然であるというのが祖国復帰運動であったが、それでは本土が軍国主義国家でも復帰するのかという疑問が私にはあった。もし、軍国主義であったなら本土に復帰しない方がいい。本土が民主主義国家であること、沖縄は弱小であり沖縄だけで米国と交渉するのは不利であり、日本の施政権下になれば米国とはもっと有利に交渉できるから私は施政権を日本の政権下に置くのは賛成だった。日本は祖国だから復帰するという祖国復帰運動の思想には反対だった。>

このように支離滅裂な言辞を弄する人間が、「沖縄に内なる民主主義はあるか」という本を11号まで出版し、チャンネル桜沖縄支局で隔週ごとに出演して、活発な言論を展開しているのだから、沖縄の言論空間の一部とはいえ、いかに稚拙であるかと思うと恥ずかしくてやりきれない。

< 本土が軍国主義国家でも復帰するのかという疑問が私にはあった。もし、軍国主義であったなら本土に復帰しない方がいい。>

残念なことに、戦後の日本は、GHQ憲法を押し付けられて、他力本願的民主主義国家となった。この現実を正視することなく、軍国主義であったなら本土に復帰しないほうがいい、と考える又吉(ヒジャイ)少年は、世にも稀な夢想家であったにちがいない。

人生の終盤に差し掛かった現在も、高校生時の感想を語るという事は、今なお当時の信念にゆるぎはないと宣言しているに等しい。沖縄の諸問題を考える時、物事を単純化することほど危険な態度はない。

沖縄が辿ってきた歴史は独自のものであり、先祖代々続く文化、伝統も独自のものである以上、他国ないし他地域との関係性をできる限り正確に読み解くためには、丁寧に忍耐強くその複雑さを解きほぐす努力が要求されるのは当然であり、それを怠ると歴史の全体像を概略的にでも把握することができなくなるだけでなく、自らの立ち位置を見誤ることになる。

又吉(ヒジャイ)の歴史認識は単純過ぎて幼稚であり、彼の議論を読んだり、聞いたりする人(特に若い人々、そして琉球・沖縄の歴史を知らないヤマトゥンチュ)に誤解を与える恐れがある。

例えば、復帰運動を考察する場合でも、又吉(ヒジャイ)が言うように

<本土は母なる祖国であるから祖国に復帰するのは当然であるというのが祖国復帰運動であった>

と単純化してしまうと、真実が見えなくなってしまう。現実はもっと複雑であった。祖国復帰運動で沖縄中が燃えていた頃、反復帰を唱える人々もいた。新川明もその一人であった。彼は当時の沖縄の言論界では、最も先鋭的な主張をした知識人であった。彼のヤマトゥに対する不信感には激しいものがあった。彼の思想に賛同した人も多かった筈である。

既得権益にしがみつく沖縄自民党も祖国復帰には消極的反対の立場であった。彼らの胸の内には、やはりヤマトゥに対する根強い不信感があったと思う。野底土南の琉球独立党も存在したし、現在は屋良朝助に引き継がれている。これらの全ては、沖縄がこれまで歩んできた歴史の中で身に付いた、ヤマトゥに対する強烈な不信感の表明だと言える。

そして、復帰運動をリードしたのは、教職員組合をはじめとする諸団体で構成された祖国復帰協議会であった。彼らの主張は、本土は母なる祖国であるから祖国に復帰するというような単純なものではなかった。米軍による沖縄人の人権蹂躙があまりにも酷いので、日本に復帰することで日本建国憲法による人権の保護を求めたのである。

米軍擁護論者の又吉(ヒジャイ)には理解できないだろうが、歴史の真実は紛れもなくそうであったと断言できる。

<「沖縄を返せ」は日本本土の人間が沖縄は日本だから日本に返せと主張している歌である。もし、沖縄に石油が大量に埋蔵されていて独立したほうが豊かになれるとしたら祖国復帰運動をやらないだろう。沖縄の損得で復帰は考えるべきであると、高校生の頃の私は考えていたから祖国復帰運動に反発していた。もう、50年以上も前のことである。

祖国復帰前は「沖縄を返せ」は沖縄は日本だから日本に返せという意味で歌っていたが、祖国復帰した後は、沖縄は沖縄人のものだから沖縄に返せという意味に変え、反日反米の歌にしている。沖縄革新のご都合主義の「沖縄を返せ」である。>

又吉(ヒジャイ)は意識的か無意識的か米軍の存在に言及しない。祖国復帰運動の最大の原因である米軍の存在にあえて言及しないのは、彼の思想的欠陥によるものだ。

<もし、沖縄に石油が大量に埋蔵されていて独立したほうが豊かになれるとしたら祖国復帰運動をやらないだろう。>

とはよく言えたものだ。下手な冗談もいい加減にしたまへ。沖縄で石油が大量に発見されたら、施政権者の米軍にいいように弄ばれて、忽ち沖縄はアメリカの石油メジャーの餌食となるだろう。彼らの利益のおこぼれに預かれるとしても雀の涙ほどで、独立どころか祖国復帰は永遠の彼方へと消えていったに違いない。そして、米軍による人権蹂躙は半永久的になるのは目に見えている。

在沖海兵隊は抑止力になんの役にも立たない!

昨日の沖縄タイムスのウエブサイトに、柳澤協二氏の論文が載っている。その主旨は在沖海兵隊の抑止力の不要論であるが、論理的に明確で説得力がある。

「 日米両政府が普天間の県内移設にこだわる理由は抑止力である。抑止力とは、一体何なのか。そして、海兵隊が沖縄にいることは、どういう意味を持っているのだろうか。(中略)

中国は、いかなる脅威なのか。真っ先に思い浮かぶのは、日本の領有に中国が異議を唱える尖閣だ。そこで、海兵隊が沖縄からいなくなれば中国に誤ったメッセージを送ることになる、と懸念する声がある。

一昨年改定された日米防衛協力のための指針(ガイドライン)では、離島防衛は主として自衛隊の役割とされている。2013年の防衛計画の大綱は、離島防衛には海上・航空優勢の確保が重要であると述べている。

離島防衛は自衛隊の仕事であり、しかも、相手が泳いで来るわけではないので、海上・航空の戦いになるということだ。

陸上自衛隊は、離島奪還作戦のため、長崎県を拠点とする3千人規模の水陸機動団を新設しようとしている。海上・航空優勢を奪われている離島にどうやって上陸するのか、理解できないが、米軍再編後に辺野古新基地を拠点に沖縄に残留する31海兵機動部隊以上の規模を持つ水陸両用戦部隊である。

それでもなお、海兵隊がなければ離島を守れないのだろうか。仮に海兵隊が投入されれば、島をめぐる小競り合いの域を超えて米中の本格的武力衝突になる。その結末は、沖縄にミサイルが飛んでくるということだ。

中国向けの抑止のメッセージとは、米国が介入するということだ。だが、使われない海兵隊が沖縄からいなくなっても米国の意図が誤解されることはない。

むしろ、米国が海兵隊を中国向けに使う、そのために辺野古が必要という誤ったメッセージのほうが、はるかに危険だ。」(2017年2月26日付沖縄タイムス総合面から転載)

尖閣防衛に海兵隊はなんの役にも立たないし、海兵隊に倣って、自衛隊が新設しようとしている水陸機動団も全く無意味である事は、軍事知識に素人であるぼくのような人間にとっても、少しばかり具体的な想像力を働かせば、簡単に分かる事である。

無人島の小さな尖閣諸島中国軍が上陸したと仮定する。それを奪還するために、水陸機動団を派遣して、狭い島の中で、中国軍自衛隊が銃撃戦を繰り広げる場面を、いったい誰が想像できるだろうか?

さらに仮定して、我が自衛隊中国軍を殲滅したとする。それで尖閣戦争が終わるわけではない。次に中国は軍艦を派遣し、戦闘機を飛ばしてくるはずだ。そして尖閣諸島の水陸機動団は全滅させられる。

その時、米軍が動くと仮定して、果たして、オスプレイを飛ばして海兵隊を派遣するだろうか?オスプレイは戦闘ヘリではなく、単なる輸送ヘリである。しかも、海岸に不時着して、バラバラに分解するようなやわな構造の飛行機である。オスプレイの出る幕はこの時点で、もはやない。

米軍が本気になれば(尖閣問題で本気になるとは思わないが)、嘉手納から世界最強の戦闘機を飛ばし、横須賀から世界最強の空母打撃群を派遣するだろう。それに対抗する覚悟が、果たして中国にあるかどうかは誰にも予測できまい。直ちに停戦を宣言して、戦後処理交渉に入るか、戦争を続行するか、中国側の胸の内は知るよしもないが、続行となれば、米中全面戦争となる危険性は大いにあり得るだろう。そして次第にエスカレートして、核兵器のボタンが押される可能性がある。

米軍は広島と長崎に核爆弾を投下した実績がある。毛沢東は自国民を二千万人以上殺害したとされている。この歴史事実を見ると、米中が核兵器を飛ばし合う未来を想像するのは、決して空想の領域だとは言えない。

話が先走り過ぎたようだ。ぼくが言いたい事はつまり、柳澤氏が言っているように、離島防衛には海上・航空優勢の確保が重要であって、海兵隊も水陸機動団も役に立たないと言う事だ。

従って、我が国の抑止力は、嘉手納空軍基地と横須賀の第七艦隊と我が自衛隊で十分すぎるほど十分である。沖縄から海兵隊が全面撤退しても、痛くも痒くも無い以上、辺野古米軍基地は全く不要である。