沖縄よ! 群星むりぶし日記

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映画『果たし合い』に見る武士道精神

主役を演じる仲代達矢と他の役者達の見事な演技と、美しい映像、そして重厚な物語がこの作品を見応えのあるものにしている。時代劇に感動したのは久しぶりのことである。特に仲代達矢の演技が渋い。過去と現在が交錯することで、年老いた武士の人生が浮き彫りにされる。

庄司佐之助(仲代達矢)は、左足が不自由な部屋住みの年老いた下級武士である。左足の不自由が原因で甥夫婦の屋敷の離れで暮らす厄介者。何故そうなったのか、物語は佐之助の若い頃に遡る。

佐之助には相思相愛の牧江(徳永えり)と言う名の美しい女性がいた。しかし、名家から縁談を申し込まれた牧江は、悩みに悩む。相手は格式の高い家柄である。当然両親に異存はないが、しかし、牧江は佐之助を諦めることが出来ない。。それを知った男は、佐之助に果たし合いを申し込む。

忍耐せよ、と引き止める兄の手を払いのけて、佐之助は果たし合いの場所に駆けつけた。佐之助の腕が相手より優っていた。得意の居合抜きで相手を斬り殺した。しかし、運悪く相手の折れた刀の先が佐之助の左足に深く突き刺さったのである。

左足は不自由となり、以後不遇な人生を余儀なくされる。牧江は別の家柄と縁談を結ぶことになるが、足が不自由になったとは言え、佐之助を忘れることはできず、強引に駆け落ちを持ちかける。佐之助は牧江の将来を思って断るが、時間と場所だけを告げて、牧江は急ぎその場を立ち去った。

夜、約束の時間に、満開の桜の下で旅衣装姿で佐之助を待つ牧江。手のひらに桜の花びらが数枚落ちてきた。期待と不安の気持ちを込めて、花びらを一枚ずつつまんでは捨て、その度に「来る」と声に出す。しかし男が現れることはなかった。

同時刻の頃、佐之助は酒屋で一人酒を飲んでいた。駆け落ちなんて出来るわけがない。そんな事をしたら、二人とも惨めになるだけだ。今俺に出来ることは、意識が無くなるまで酒を呑むことだ。そして牧江のことは忘れよう。

牧江は待ち続けていた。しかし、佐之助は来ない。牧江の手のひらに積もった桜の花びら。その時ついに女は理解した、佐之助は来ない事を。牧江は泣き崩れた。一途な女の情念の悲しさ。深い闇夜に桜の花が風に吹かれて舞散る。

酒屋で酔い潰れた佐之助はやっと眼を覚まし、自害が脳裏をよぎったのだろう、駆け落ちの場所へ急いだ。遺憾、自害したらいかん!浴びるほど呑んだ酒と不自由な足は、佐之助を女が待っている場所まで連れて行くことはなかった。途中転倒した佐之助は、ついに起き上がることが出来なかった。

運命の女神はなんと冷酷であろうか、と言うよりも時代の厳格なしきたりが佐之助と牧江の仲を引き裂いたのである。気の進まない婚礼のあと間も無く、牧江は精神に異常をきたし、一年後に亡くなる。佐之助はその事を初めて兄から告げられて知り、遺体が横たわる牧江の家の門前で、一目だけでも合わせてくれと、地面に突っ伏して必死に懇願するのだった。

以来、佐之助は世間から白眼視される部屋住みの身となったのである。或る日、そんな佐之助のもとに、農家の女が世話役としてあてがわれる。正式の妻ではないが、実質的な妻と言えるだろう。暇を持て余す佐之助は、囲碁の研究に勤しむ。碁の指南役を目指すつもりらしい。そんな慎ましい生活を送る佐之助だったが、いつしか女は身籠り、女児を産む。

しかし、部屋住みの人間に子を持つことはご法度である。現代人には理解できない当時の厳しい社会制度、しきたりだった。生まれて間もない子は、顔に布を被せられて窒息死させられた。勿論、若い母親は激しく慟哭する。佐之助も余りの苦しみに耐えられず泣いた。それでもしきたりには従わねばならぬ。そうしないと社会の秩序は保たれない。とは言え、なんと生き難い世であろうか。女は身体を壊し死の間際に一言いう、あなたと一緒になれて幸せでした、と。佐之助は心の優しい男だった。

苦難は人間を成長させる。耐え難きを耐え偲んできた人間の精神は強靭になる。いつしか佐之助は人生を達観した雰囲気を漂わせる老人になっていた。それでも部屋住みの厄介者にかわりはない。老人になった佐之助の面倒を見るのは、甥の娘の美也(桜庭ななみ)である。その美也は或る悩みを抱えていた。名家から縁談が持ちかけられているが、他に好きな男がいるのだ。美也は大叔父の佐之助に悩みを打ち明けた。

美也の父母はしきたりに厳しいが、大叔父は親身になって話を聞いてくれる。だから美也は大叔父が好きだった。佐之助は、好きな男と一緒になる事を薦めた。若い頃の苦い経験を孫のように可愛い美也に味わせたくない。美也は佐之助の助言に意を強くする。娘の強情な態度に根負けした両親は、やむなく縁談を断わらざるを得なかった。

ところが武士の世の中、そう簡単にことは収まらない。格式高い家系を辱めたとして、縁談を断られた腹いせに美也の恋仲である下級武士のもとに果たし状が届けられたのである。実はその少し前に、ちょっとした事件があった。今は碁の指南役として、方々で碁を打ち手数料稼ぎをしていた佐之助を、迎えに急ぐ美也の前方から数名の武士が近付いて来る。雨の降る竹林の中で、美也も武士達も傘をさしている。

すれ違いざま、一団の一人が美也に声をかける。その男は縁談を断られた縄手達之助だった。顔を始めて見る美也は驚くが、二言三言言葉を交わして、その場を去ろうとする。しかし、達之助は執拗に絡みついてくる。格上の家柄の人間として、縁談を断られた屈辱を許すわけにはいかない、と言うのだ。

宴会の帰りだろうか、一団には多少酒が入っているようだ。仲間たちが達之助を囃し立てる。暴行に及ぼうとした瞬間、背後から声がかかった。「貴様たち何をするのだ!」佐之助だった。

若侍たちと佐之助の言い争いとなり、襲いかかる数名を、傘を刀代わりに叩きのめした。佐之助の剣の腕前は衰えていなかったのだ。しかし、いかんせん老体の身である、息が続かない。その場に倒れると、若侍たちに思い切り蹴り上げられ、踏み潰された。そして美也に手をかけることなく、若侍たちはその場を去った。大叔父を気遣い、抱き起す美也。幸いなことに、佐之助は軽い怪我で済んだ。

この事件の後に、美也の恋仲である下級武士、信二郎のもとに果たし状が届いたのである。それを知った美也は佐之助に相談する。信二郎は既に現場に向かっている。一刻の猶予も許されない。佐之助は美也に言う。俺が助太刀して信二郎を救うから、おぬしは旅支度をして、ここで待て、と。

信二郎は達之助に比べて剣の腕は劣る。負けることははっきりしていた。だから信二郎を助太刀して救い、美也と駆け落ちさせるのだ。若い頃の無念と教訓が佐之助にそう決断させた。佐之助は急いで現場に向かった。

予想通り信二郎は不利な戦いを強いられていた。所々斬られて血を流している。トドメの一撃の前に声がかかった。佐之助は間に合ったのである。向き合う若武者と老武士。上級武士と下級武士。達之助が上段から振り下ろしてくるところを居合抜きで仕留めた。一瞬の力技。時間をかけて斬り合いに及んでいたら、息の続かない佐之助には致命傷になっただろう。若い頃修練した居合抜きが幸いした。

美也が待つ離れで信二郎の傷の手当を終えて、二人で旅立とうとした時、佐之助は金の入った袋を美也に手渡す。碁の指南役で、方々から稼いだ手数料が入っていた。実の所、美也は大叔父が碁打ちに出かけるのが嫌いだった。賭け碁だと知っていたからだ。しかし、この時のために蓄えた金だとわかり、左之助の優しさに感激して体が震えた。厳しい生活が待ち受けるであろう未来に向かって、若い二人は旅に出る。

さて、助太刀とは言え、上級武士を殺した佐之助は、これからの身の処し方を十分承知していた。切腹か、処刑のいずれかであろう。覚悟を決め、綺麗に身支度を整えた左之助は庭に出た。植えてある小菊の中から、黄色いのと白いのを摘み取り、これは牧江これは(女児を生んだ農家出の世話女房のことだが、名前が思い出せない)と二人の女の名を呟き、黒布に包み懐に収める。「これで良かったんだろう?んっ?」老武士の表情には人生を達観している雰囲気が滲み出ている。この時の仲代達矢の演技は見応えがある。

美也とともに牧江の墓と、世話女房の墓を訪ねる場面もあった。世話女房の墓は、丸っこい石を一つ置いただけの雑草に覆われた粗末なものだ。牧江の墓は武士の家系らしく、墓石に名前が刻まれた立派なものだった。身分制度が厳しい時代の光と闇。しかし、佐之助の心の中では二人とも自分を愛してくれた掛け替えのない大事な女性だったに違いない。死者は生者の記憶の中で生き続ける。

最後の場面。武家屋敷が並ぶ広い道路を、凛々しい衣装に身をつつんで、足を引きずりながら悠然と歩く一人の老武士の姿があった。その先にあるのは、切腹か、処刑の奉行のお咎めである。もとよりその覚悟はできている。

生き難き世を、佐之助は見事に、武士道精神で凌駕したのである。