沖縄よ! 群星むりぶし日記

沖縄を、日本を、そして掛け替えのない惑星・地球を愛する者として発信していきます。

橋下徹には失望した

橋下x羽鳥の番組での橋下徹の見解には大いに失望した。彼は、安倍首相が提案した憲法9条改正の案に賛成したのだ。つまり、9条の1項と2項を変えずに、新たに3項を加えて自衛隊を明記すると言う案である。彼と安倍首相の関係がどんなものか、ぼくは知らないが、明晰な頭脳の持ち主で、歯に衣を着せぬ物言いをする橋下氏の発言にしては、あまりにも酷いもので、一瞬耳を疑った。日本会議におけるビデオメッセージで表明した安倍首相の改正案に対しては、馬渕睦夫氏、竹田恒泰氏が早速、賛意を表明したが、ぼくは自身のブログで両氏を批判した経緯がある。9条の条文を変えないで、自衛隊の存在を明記するということは、完全な矛盾である、と指摘したのだ。

第九条

1 日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

中学生でも、この条文を読めば、自衛隊憲法違反だと考えるだろう。下手な理屈をつけて自衛隊が合憲だと無理な解釈をするのは、頭の悪い政治家だけだ。そして、これらの条文をそのままにして、3項を設けて、自衛隊の存在を明記すると言うから、あまりな無神経の恐ろしさに体の震えが止まらない。嘘の上塗りをして、さらに厚いペンキを塗るというのだから、その悪ふざけた精神構造を疑うばかりだ。ちなみにぼくの改正案は次の通り。

第九条

1 国防を目的として、国軍を保有する。

2 他国への侵略は、これを行使しない。

安倍首相は、このくらいのことは真正面から堂々と国民に訴えるべきだろう。しかし、本心ではそう思っているに違いないとしても、そうはしないだろう。支持率が下がると、簡単に信念を曲げるいい加減な性格の持ち主だからだ。一国の総理大臣の責任がどれほど巨大で重いものであるか、安倍晋三は少しも自覚していない。さて、橋下氏はさらに、同番組で沖縄の基地問題について、驚くべき発言をしている。沖縄の現在の米軍基地の過重負担に対しては、本土側の人間としては、申し訳ないが沖縄県に負担をお願いせざるを得ない、その理由は、本土側のどの自治体も基地の受け入れを拒否しているからだ、と前置きして、沖縄が過重負担を無くしたいと思うのならば、国会で多数派を形成しなければ不可能である、と述べたのだ。この発言には驚嘆すると同時に、橋下氏の安全保障に対する思考能力の限界を感じた。沖縄選出の国会議員がどんなに頑張ったところで、国会の過半数を制することは、ほとんど不可能に近い、というよりも完璧に不可能である。それじゃ、沖縄の主張に同調する政権を誕生させれば良いではないか。まさに民主党政権がそうだった。鳩山総理は、普天間飛行場移設は「できれば国外、少なくとも県外」を公約に掲げた。しかし、国会で圧倒的多数を制した民主党政権ですら、最後は現状維持の辺野古移設に戻らざるを得なかったのである。これは何を意味しているか。国会で多数派を形成したからといって、内閣に実力がなければ、沖縄の基地問題は解決不可能である、ということだ。つまり、全ては内閣の実力、覚悟、勇気にかかっているということだ。日本の安全保障を真剣に考え、100年の大計を立て、独立国家の面目を保つ強力な内閣が誕生しない限り、米国従属の政治を終わらせることは不可能である。その意味でぼくは、辺野古闘争は日本の将来を占う歴史的闘争になる、と言って憚らないのである。奇しくも今日は、終戦記念日だ。安倍首相は、靖国参拝をしたくても、しないだろう。いや、できないだろう。終戦記念日に、我が国の英霊に対し、堂々と威厳を持って参拝できない人間は、日本の総理大臣としての資格はない。そんな安倍首相の政策に同調する橋下徹には、完全に失望した。

 

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『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』

VFP(ヴェテランズ・フォー・ピース)の年次総会が、シカゴで開かれ、12日の全体会議で、琉球沖縄国際支部ダグラス・ラミス会長)が提案した、「名護市辺野古や東村高江での米軍基地建設に反対する決議案」が全会一致で可決された。この記事を報じた今朝の琉球新報に、他のメンバーと並んで座っている、温和な表情をしたラミス氏の写真が掲載されている。渡航資金を募るカンパに苦労している様子だったが、果たして十分集まっただろうか、少し気になるところである。ラミス氏がなぜ平和運動に力を注ぐようになったか、詳しい経緯は知らないが、沖縄県民に寄り添って、辺野古新基地建設反対の声を米国に伝えてくれるのは大変ありがたいし、感謝すべきだろう。ラミス氏には多くの著作がある。その中の一冊『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』をぼくは最近、読んだことがある。経済成長とは何か、に焦点を当てた一種の文明論だと、ぼくは受け止めた。氏の主張に同意できない箇所もあるが、今まで気づかなかった視点で論じているところも多く、その中から示唆に富むと思われる箇所から例をあげると「経済発展は、二十世紀の一番深いところまで根を下ろしたイデオロギーです。けれども、この経済発展のイデオロギーが二十一世紀も同じ迫力で覇権を握り続けるならば、とても大きな災難になるのは間違いありません。だから、このイデオロギーはいったい何「だった」のか、ということを振り返って考えなければならないと思います。(85頁)」「自分の国を発展させる政策という意味では、日本の明治政府のほうが早かった、と言う意見も成り立つ。しかし、世界に対する政策として使い始めたのはトルーマンが最初です。自分の国ではなく、世界中の相対的に金持ちではない国を「発展させる」。それがアメリカの国策であると言い出した。それには、歴史のなかに先例がありません。(92頁)」

世界中の国が血眼になって、経済発展を目指した結果、乗客の知らないうちに氷山に激突して沈没したタイタニックのように、人類の知らない間に地球が破滅するかもしれない、とラミス氏は暗示し、警鐘を鳴らしているのだ。

 

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辺野古闘争は日本の将来を占う歴史的闘争になる

安倍政権の欺瞞的性格と限界が、辺野古問題にあからさまに現れている。民主主義を装う独裁的体質。対米従属からくる軍事戦略の無理解、不勉強。民主主義の正統な手続きを経て、県知事選、国会議員選挙の全てで、辺野古新基地建設反対派が勝利したのにもかかわらず、県民の意思を無視して、工事を強行する。これを独裁と言わずして、何という。海兵隊は、必ずしも沖縄に駐留させる必然性はないにもかかわらず、不勉強のためか、「辺野古が唯一」としか言わないバカバカしさ。弱き(沖縄)を苛めて強き(米国)に媚び諂う日本の政治。安倍晋三も、菅義偉も、勇気ある日本男子ではない。国家理念に著しく欠ける無能政治家である。我々沖縄県民は、この無能な政治家たちに屈するわけにはいかない。昨日、那覇市の奥武山公園で県民大会があった。「我々はあきらめない」のプラカードを参加者全員が掲げる光景は圧巻であった。少数(沖縄)の正義が勝つか、多数(安倍政権)の悪が勝つか、辺野古闘争は、日本の将来を占う歴史的闘争になる。

我々の生活が脅かされる時に、保守も革新もあるものか。イデオロギーよりもアイデンティティ。県民の皆さん、辺野古の美しい海を埋めて、不必要な海兵隊米軍基地建設を許してはなりません。我々の子供、孫たちの未来のため、不屈の精神で頑張りましょう。

 

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朝堂院大覚が面白い、そして凄すぎる

日本刀を振り回す動画を初めて見た時、朝堂院大覚という人物は右翼の人間だろう、ぐらいにしか考えていなかった。しかし、その言動を注意深く聞いていると、その主張は、まさに正論ではないだろうか、と思うようになった。次第に興味が湧き、彼が登場する多くの動画を見、彼に関する情報をネットで調べていくうちに、朝堂院大覚は、常識的基準で評価する事が困難な、底知れないスケールの大きい人物だということがわかった。浪速冷凍機工業を率いて、30代で、今の金に換算すると、1000億円の個人資産を築き上げたというからすごい。田中角栄の懐刀と言われた後藤田正晴の相談役を務め、パレスチナ自治政府アラファト議長をはじめ、世界の政治家と交流を持ち、様々な組織を立ち上げ、自らその総裁に収まるという、凄まじい実行力の持ち主だ。日本の政界、暴力団組織、その他種々の社会組織と関わりを持ち、それ故にマスコミ等では知ることのできない、多くの興味深い情報の保持者でもある。彼の発言を聞いていると、その辺の事情が良くわかる。その発言の内容は過激であり、その中には大袈裟ではないか、と思わせるものもあるが、いかんせん、その裏付けを取る手段も能力もないぼくにとっては、今のところは、興味の域を超えることがないと言わざるを得ない。しかし語られていることが真実なら、日本社会がひっくり返るような中身の濃い情報に満ち満ちているのだ。その華やかで強面の出立ちは、一瞬見る人を後ずさりさせるが、正義感に溢れる人柄だと分かれば、逆にその男としての魅力に引き込まれるのではないだろうか。ぼく自身、朝堂院大覚氏の不思議な人間力に魅せられている、と告白せざるを得ないのである。57人もの子供がいるというが、こうなるともはや、不思議な魅力を超えて神秘的ですらある。並外れた人物、朝堂院大覚氏の発言から、当分の間、目が離せなくなった。

 

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許さない、渡さない、辺野古の海:13回目の辺野古

昨日、辺野古へ行った。普段、静かな生活を送っているので、辺野古行きは、ぼくにとって、嵐の1日となる。集団の一員になり、闘争に参加する。正直、辺野古行きの朝は、毎回心が重い。しかし、最低一週間に一度の参加を、自らの義務と課している以上、弱い心に鞭打って、バスに乗った。県民広場前に着くと、顔なじみの人、初めて見る人が6、7名集まっている。彼らの顔を見ると、少しづつ気持ちが高揚し、重かった心が、いつの間にか、軽くなっている。その広場で、白いテントの組み立てが始まった。何か催し物でもあるのだろうか。その組み立てを手伝っている顔なじみの参加者の1人が、ぼくの方に歩み寄り「金城さんも手伝ってください」と言った。言われるままに、手伝っているうちに、辺野古の写真展をやることが分かった。小さなテント2棟が、男性参加者全員が手伝ったおかげで、あっという間に組み立てられた。18時半まで、開催するらしい。辺野古から帰ってから、見ることができるかもしれない。さて、昨日の参加搭乗員は、27名だった。その中に、球陽高校の上原さん、という女生徒がいた。1人で来たという。何か話すように促された彼女は、マイクを握って話し始めたが、少しも臆することなく、簡潔だが明快な感想を述べてくれた。その立派な態度に感心した。先入観を持たず、自分の目で辺野古問題を捉えて欲しい。辺野古沖縄県民の正義の闘争であることを、誰かに洗脳されるのではなく、自分自身で確かめてもらいたい、と願うだけである。出発が大分遅れたので、辺野古に着いたのは、11時10分前だった。国道329号線を両側から挟むように続く米軍海兵隊基地キャンプシュワブの金網。戦後日本政府の安全保障の無策振りを象徴する風景のようだ。第1ゲート前のテントは、120名前後の参加者で一杯だった。テントは歩道沿いの傾斜面にある。その傾斜面の上の方は、基地のフェンスになっているが、テントのすぐ上のフェンスからさらに約10メートル上がフェンスになっている。つまり二重フェンスになっている。なぜ二重フェンスになっているのか、理由はわからないが、フェンス際の高いところから、基地内を見通すことができる。勿論、海側の基地は見えないから、工事の進行状況を確認することはできない。しかし、第1ゲート内の近くに機動隊の車両が3台、待機しているのは、手に取るように丸見えだ。ぼくは、ずっとテントの上の高台から、向こう側の基地内を観察していた。すると、20数名の機動隊員が基地を出て、工事用ゲート前に駆けていく姿が見えた。座り込みをしている人は誰もいない。不意を突かれたような形になり、テントの中にいた参加者がざわめいた。全員急いで、工事用ゲート前に向かった。機動隊は、座り込みをする場所に参加者が入れないように、常駐させてある2台の機動隊車両の前に陣取っている。「中に入れろ」「ダメだ」と言い合いながらのちょっとした攻防が始まったが、なんとか我々は中に入り、座り込むことになった。しかし、椅子がないので、アスファルトにじかに座りこまないといけない。不意を突かれるとは思っていなかったので、長椅子の用意がされていなかったのだ。我々の背後の基地内から、数人の沖縄防衛局職員が、携帯用スピーカーで「工事用車両が入る邪魔になります。立ち退いてください。」と、繰り返しゃべっている。その前には、ALSOKの社員が30数名、横にズラーッと立っている。我々は、機動隊とALSOKの社員にサンドイッチにされた状態だ。1人、また1人と排除されていく。両脇を機動隊員に抱えられたが、左側の抱え方が尋常ではないため、「痛いぞ!」と注意するが、知らんぷりだ。もう1人が、ぼくの足を持ち上げた。ハンモックの状態で歩道の一角に運び込まれた。我々を囲んだ機動隊員ともみ合うなかで、1人の女性が具合が悪くなるという事があったが、同じバスの乗員の1人だという事が、あとでわかった。30分くらい、閉じ込められただろうか。搬入した工事車両は少なかったらしい。その後、全員テントで休んでいると、13時半頃、機動隊の車両が基地から出て、そのまま帰って行ったのである。その理由はよくわからないが、工事車両の搬入は、これでない事がわかった。14時に帰ることになった。いつもより、早めの帰宅である。県庁前広場では、来るときに組み立てた、白い2棟の小さなテントで、辺野古の写真展が予定通り開催されていた。ぼくが写っている写真もあるのだろうか、と些か心配になりながら、見て回ったが、取り越し苦労であった。

県民の皆さん、辺野古へ来てください。新基地建設を頓挫させて、我々県民の手で、日本の民主主義の質を高めましょう!

 

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安倍政治を総括する

支持率が下がったから、内閣を改造する?国民を馬鹿にするのもいい加減にしろ。支持率低下の原因は、安倍晋三本人にあるのではないか。その傲慢さ、お坊ちゃん的性格、演説下手、国家理念の欠如、内と外で食い違う主張。彼の政治家としての欠点は、数え上げるときりがない。「アベノミクス」「女性が活躍する社会」「1億総活躍社会」、そして今回は「人造り革命」だと?この男の知能指数は一体どうなっているのだ。そもそも日本語を正確に理解しているのだろうか?ヒトヅクリカクメイ?イチオクソウカツヤク?安倍晋三よ、いい加減にしたまえ!次から次と繰り出す言葉のアドバルーンは、あぶくのように消えていくだけじゃないか。拉致被害者の奪還はどうした?憲法改正は?尖閣諸島は今どうなっている?政治は子供の遊びじゃないぞ、わかっているのか、安倍晋三!フーッ、怒りのあまり頭に血が上り、つい過激な物言いになってしまった。安倍晋三に対するぼくの評価は、戦後最悪の首相ということに尽きる。

その頭の悪さは、戦後の首相の中でもピカイチである。ダメなトップを戴く組織はダメに決まっているじゃないか。改造内閣が早番、転げ落ちていくのは目に見えている。

 

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上原康助氏の思い出

上原康助さんが亡くなられた。84歳。復帰前の1970年に行われた戦後初の国政参加選挙で当選した県代表の政治家が、1人また1人と鬼籍に入る中、上原氏は最後の1人となった。戦後初の国会議員となった7人の侍たちが当選証書を手にして、晴れやかな表情で映った写真を見ると、懐かしさと、親しみの感情が入り混じって複雑な気持ちになり、なんとも言葉にならない。西銘順治(自民、衆院)、喜屋武真栄(無所属、参院)、瀬長亀次郎(人民、衆院)、稲嶺一郎(自民、参院)、上原康助(社会、衆院)、国場幸昌(自民、衆院)、安里積千代(社大、衆院)。各人、主義主張の違いはあったが、全員が沖縄を少しでも良くしたい、という情熱に燃えていたのは間違いない。広大な米軍基地の存在と、国会では絶対的少数派という、厳しい状況の中で強いられた困難な闘い。それでも、我々の先人達は、忍耐の限りを尽くしながら、少しずつ少しずつ、沖縄の歴史を前に押し進めて来たのは、紛れも無い事実である。保守革新を問わず、ウチナーンチュの誇りをどう守るか、心の中はみんな一緒である。イデオロギーよりもアイデンティティを呼び掛ける翁長知事の主張は、沖縄問題を解決するための本質論と捉えるべきだろう。政治的駆け引きがあるため、沖縄の政治は、本土の政党と系列化せざるを得ないという不幸はあっても、その限界を突破するためには、沖縄のアイデンティティを最大限強調する必要がある。そして、なにより我々県民自身が、そのことを自覚すべきだろう。

さて、上原氏の業績については、今朝の琉球新報が詳細に報じているので、ぼくは上原氏の思い出について、少しばかり言及したいと思う。実は今から14年前、沖縄の政治状況に不満と怒りを感じていたぼくは、沖縄の各界の言論人の主張を幅広く集約し、閉塞状態の政治状況に一石を投じる目的で、「沖縄自立新聞」という名の新聞を個人で創刊したことがあった。インタヴューの趣旨に賛同した人にインタヴューを行い、テープレコーダーに録音してから、後でその内容を記事にした。太田範雄(沖縄商工会議所名誉会頭)、西田健次郎(元自民党沖縄県連会長)、宮城弘岩(沖縄物産企業連合代表取締役)各氏を実際にインタヴューして、記事にまとめた。上原康助氏に対しても、彼の事務所を訪れて、直接インタヴューを申し入れた。嬉しそうな表情を見せた上原氏は、申し込み趣意書を読んでから、2、3日待ってくれないか、と言った。そして、数日が過ぎて上原氏のファクスが届いた。「発刊に寄せて」と題した寄稿文を久しぶりに読むと、感慨深いものがある。勿論、ありがたくそのまま、創刊号に掲載させて頂いた。

「 発汗に寄せて      沖縄自立新聞の発刊おめでとうございます。この度「沖縄自立新聞」の編集担当の金城武男氏から、同紙発刊にあたって、インタヴューしたいとの依頼を受けました。自立新聞を構想した理由は、沖縄にとって、最も重たい「古くて新しい」課題である沖縄の自立について、広く各界の意見を聞きながら政策提言等を行って行きたいとのお考えを披瀝なさいました。私にインタヴューを申し入れたのは、衆議院現職時代に沖縄の独立について質疑をしたこと、目下、琉球新報に月1回日曜評論を書かせてもらっていますが、1月に「初夢、沖縄の独立宣言」としましたが、その内容に金城氏が共鳴できる面があったからとのことでした。沖縄の自立については、誰しも関心があり期待を持っているところです。その立場からすると、この新聞が目指そうとする構想や趣旨には、共感をもちます。しかしながら、この沖縄自立新聞は、4月から発刊するとのことです。今のところ見本がないだけに、どのような性格の新聞になるのか、またどういう方々が登場なさるのか、未知な点が多くあります。

しかも、私へインタヴューしたいとの内容が、沖縄の独立に関する意見として、一、軍事・防衛面をどうするか? ニ、経済の自立は可能か?三、世論をどう盛り上げていくか?について聞きたいとのことでした。これほどコンパクトな内容の論点を短時間でまとめるのは、私にとって至難なことです。

加えて発刊号からいきなり、沖縄独立論の最も「核心部門」を聞かせて欲しいと言われても、些か戸惑いを感じました。そんな経緯がありましたので、発刊にあたって、私の感想を寄稿させて頂くことにしました。この沖縄自立新聞が、その発刊目的と内容等が、多くの県民に理解され、広く認知される新聞になることを祈念いたしております。

2003年3月吉日   前衆議院議員 上原康助

沖縄の基地問題が、少しも解決しないどころか、ますます酷くなる現状を目にしたまま、鬼籍に入った上原氏は、さぞ無念であったろう。1970年当時に比べて、社会インフラの整備は充実し、県民の生活は豊かになったとはいえ、基地問題の深刻さは県民の心を蝕み続けている。血の滲むような先人達の努力を無にしてはならない。

上原康助さん、安らかにお眠りください。

 

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