沖縄よ! でぃぐぬ花日記

祖国は日本。郷土は沖縄。日本国を愛し、沖縄を愛する者として、発信していきます。

辺野古は楽しいゾッ!

辺野古へ行くために、普段より早く起きる。色々準備して、忘れ物はないか確認してから、家を出て、先週と同じ、7時30分発のバスに乗る。15分ほどで県庁前バス停に到着した。受付の時間まで45分ほどあるので、久茂地パレットにあるファーストフード店で朝食をとることにした。
レタスバーガーを食べ、コーヒーを飲みながら新聞に目を通す。今日、辺野古で県民集会が開催されると言う記事を見て驚いた。25日の記事を読み違えていたのだ。
自分の呑気な性格に我ながら呆れてしまった。8時30分に県庁前広場に行くと、大勢の人が集まっている。やはり県民集会は今日、予定されているのだ。バスは2台あり、ひとつは平和市民連絡会が用意したもの、もうひとつは、島ぐるみ会議のものということで、二列に並んでいる。平和市民連絡会のほうは、集会が終わり次第引き上げる予定になっているが、島ぐるみの方は、その後も3時半迄現地にとどまるらしい。
平和市民連絡会のバスに乗ろうか迷ったが、並んでいる人数があまりにも多いので、先週と同じ島ぐるみのバスに決めた。顔見知りの人が3、4名いた。そのほかの人はほとんど知らない人たちだ。その中に、かなり高齢の外国人が一人いた。確かVeterans for Peaceのメンバーの一人で、新聞で見たことのある人だが、名前は思い出せない。
乗車の時間がきた。満杯だ。4名が溢れた。その中の一人が、予備シートを倒して座ろうとするが、予備シートにはシートベルトが付いていないので、利用できないこと、理由は高速道路で行くから、検問で見つかると全員が降車を命じられる羽目になる、との説明があり、残念なことに、4名は乗ることができなかった。
高速道路の入り口手前で待っていた14、5名の人たちも乗車できず、岩村氏はバスから降りて、その人たちに事情を説明して陳謝した。それほど今日は参加希望者が多いのだ。
乗車できなかった人たちを拾うバスが、あとで手配されたかどうか、確認していない。伊芸サービスエリアまで、数名の人がマイクを握り、それぞれの思いや考えを述べた。歌を歌う人もいた。堅苦しさはいっさいない。伊芸サービスエリアに着くと、7、8台のバスが止まっている。全部辺野古へ向かうバスだ。熱気を感じる。現地は予想を超えてたくさんの人が集まっている。これほど人が集まる集会に参加するのは、本当に久しぶりだ。
家を出るとき、今日の集会を予期していなかったので、浮いたような気分になっているのがわかる。演台の車の方へどんどん歩いて行く。正面斜め向かいに立って演説の開始を待つ。車道の両脇の歩道は、大勢の人で埋まっている。快晴のため暑い。日焼けを避けるために、長袖にしたのは正解だった。襟を立てる。照屋寛徳他、国会議員、県会議員、市会議員らが演説したが、内容はありきたりなものだ。しかし、辺野古新基地は造らせないという情熱はしっかり伝わったので、大きな拍手で応えてやった。12時15分くらい前に全ての演説は終わり、平和市民連絡会のグループは帰り始めた。コンビニで弁当を買うために、送迎車を待つが、なかなか来ない。人数が多すぎるためだ。するとテントが並んでいる方向から、騒々しい音が聞こえてきた。大勢の機動隊員が二台の黒い車を囲んでいる。右翼団体だ。
テントの中で食事をして休憩をとっている人たちに、大音量で嫌がらせの言葉を浴びせている。彼らの挑発に乗らないでください、という反対派のアナウンスが流れる。ぼくの方角からは、はっきり見ることはできないが、テントの中の人たちは、黙ってじっとしているに違いない。それでも、右翼の汚い言葉は、辺野古の青い空に響き渡る。20代のあどけない若い声だ。黒い車はぼくらの方へ進んできた。金色で大きく大日本忠仁社と書かれている。
機動隊の車両が止まっている前で座り込みをしている人たちの前にきた時だ、右翼の若いにちゃんが、座り込みの中に知っている人を見つけたらしく、彼の名前を呼びながら、今夜お前の家に行くからな、覚えておけよ、と言って興奮したのか車道に飛び出して相手の方へ走り出すと、機動隊員が制止してそのおにいちゃんを車の中に押し戻したのだ。
二人は多分、かつての同級生だったに違いない。そのことを思うと、胸が痛む。そして沖縄がおかれた状況に、怒りの感情が沸き起こる。若い人たちに罪はないのに、と思いつつ。
二台の黒い車はそのまま直進してからUターンしてきた。と同時に、良いタイミングで送迎車が来たので、そに乗り込んでコンビニへと向かう。同乗者は6名であった。
ゴーヤーチャンプルー弁当と、缶コーヒーと菓子一個を買う。現場に戻ると、大日本忠仁社は引き上げたらしく静かだ。おかげで、のんびりと食事を楽しむことができる。腹が空いていたので、うまい。外で食事するのも良い。あゝ健康だっ、とつい叫びたくなる。機動隊車両前の座り込みに参加する。工事車両が来たら、機動隊員に排除される対象となる場所だ。
一緒に来た高齢の外人がぼくの前に座った。後で知ったが、名前はダグラス・ラミス。ぼくの右隣の女性は日傘をさしているので、その間に座るようにダグラス氏を促す。彼はぼくの好意を理解してくれた。しかし、ぼくの隣に座ると、これであなたは前が良く見えますね、と言った。車道の真正面向こう側は、仮ステージになっていて、いろんな催しが行われているのだ。ダグラス氏に一本取られた。
しばらくすると、青いTシャツを着た不思議な集団がやってきた。グリーンコリアという組織に属する韓国人達らしい。初めて聞く名前だ。34、5名の若い人達で、女性が多い。反対派の応援に来たという。ありがたい、と素直に思う。世界中から応援に来てほしい。
その彼女達が、仮ステージでパフォーマンスをやってくれた。自作した沖縄を応援する歌を韓国語と日本語で代わる代わる歌ってくれたのだ。世界のどこにも良識派は必ず存在する。心の交流はいい思い出となるだろう。パフォーマンスが終わると、大きな拍手に送られて、彼女たちは帰っていった。
続いて、知念良吉さんがステージに躍り出た。マラカスを振ってくれる人を彼がお願いすると、なんとダグラス氏が、それじゃやるか、と呟いて立ち上がり、車道を横切り始めたではないか。しかし残念なことに、希望者が他にもいて、彼は次の曲に回された。
演奏が始まり、知念氏はギターを弾きながら歌い、彼の両脇でマラカスを振る人がいて、ダグラス氏は横に座って、次の出番を待っている。しょんぼりしている姿を見ると、ちょっと気の毒な感じがする。彼は空のペットボトルを手に持っている。立ち上がると、横の草が生えている歩道の方へ歩き始めた。草の上で休むつもりなのかな、と思っていたら、なんと持っているペットボトルに小石を入れ始めたのだ。入れ終わると、演奏者たちに加わり、ペットボトルを調子よく振り始めた。彼のパフォーマンスに我々観客側から大きな拍手が沸き立った。
知念氏のうまい演奏も手伝って、辺野古の現場は野外劇場と化して、大いに盛り上がったのである。県庁前広場に戻ったのは、16時半であった。ミスターダグラス、また会いましょうと固い握手を交わして、そのまままっすぐ家路を急いだ。家に着いたのは、17時15分だった。そしてネットで、ダグラス・ラミスと入力してみた。
大変な人物である。著作も多い。その中から『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』を早速、amazonに注文した。
きっと書き忘れたことがあると思う。それほど今日は、多くのことを経験した中味の濃い充実した1日だった。

 

お知らせ(保守も革新も日本人なら辺野古へ行こう!NO MARINE !)
月曜日 午前9時発 平和市民連絡会
火曜日 午前9時発 オール沖縄那覇の会
水曜日 午前6時発 平和市民連絡会  
               午前9時発 島ぐるみ会議
木曜日 午前9時発 平和市民連絡会
金曜日 午前9時発 平和市民連絡会
土曜日 午前6時発 平和市民連絡会  
               午前9時発 島ぐるみ会議
 (いずれも県庁前広場発)