沖縄よ! でぃぐぬ花日記

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翁長県政の度重なる失態

<県水産課は13日、埋め立て予定海域にある絶滅危惧種のオキナワハマサンゴ9群体を別の場所に移植するため沖縄防衛局が申請していた特別採捕を許可した。(琉球新報)>

<県水産課の粟屋龍一郎副参事は「ずっと審査して説明要求もした。内容を精査した結果、許可に至った」と述べた。(同紙)>

翁長県政は以前も沖縄防衛局に対し、サンゴの移植許可を出した前科がある。ぼくはその時のことをブログで批判した。翁長県政の失態はそれだけではない。奥港と本部港に砕石の海上運搬のための使用許可申請も認可したのだ。ぼくはそれも批判した。いずれも翁長知事の「あらゆる手段を行使して辺野古新基地建設を阻止する」と言う公約に相反すると考えたからだ。

砕石の海上運搬は、日々命懸けで小さなカヌーを漕いで抗議する人々を背後から鉄砲玉を撃ち込むに等しい。そのことを指摘して批判した。そしてサンゴ移植の許可は、新基地阻止の有力な知事権限にも拘らず自らそれを捨て去ることであり、決して容認できないと思い批判したのである。

翁長県政の変節に多くの県民も落胆し、抗議の声をあげた。声の大きさに翁長知事も反省の姿勢を示した。反省して県民の声に真摯に耳を傾ける。その基本姿勢がなければ県民を代表する政治家としての資格はない。当たり前のことだ。

しかし、果たして翁長知事は本当に反省したのか?

今回のサンゴ移植許可を見ると、少しも反省していないことが明確になったのではないか。たとえ県の担当者が<行政機関として、要件を満たしていれば許可せざるを得ないと判断した。(同紙)>にしても、知事は政治判断を下して、非許可に出来たはずであり、そうすべきだった。

役人の判断をそのまま容認するだけなら、政治家など要らない。役人の判断はあくまで行政手続きに添うだけのものであり、政治的判断を下すのは政治家の役割であり責任でもある。そう考えると、役人が上げた書類が知事に回ってきた段階で、知事は許可申請書を拒否すべきであった。あらゆる手段を行使して阻止するとは、そういうことだろう。

辺野古新基地建設に関わる沖縄防衛局の許可申請は全て拒否すべきである。そうして初めて、「撤回」の効力が最大限効いてくるはずだ。例えば今回のサンゴ移植を許可しなかったと仮定しよう。工事はストップするか、無許可の状態でサンゴを移植するか、あるいは移植せずに工事を強行するか、沖縄防衛局の選択肢はその何れかに絞られる。

工事が中断すれば、県としては大勝利であり、移植か工事を強行すれば、その時「撤回」宣言に正当性が付与されて、裁判に有利となるのは明らかだろう。

しかし、今回のようにサンゴ移植を許可するということは、埋め立てを間接的に認めることになり、「撤回」の意義が限りなく無意味となることは明らかである。蟻の一穴が建物全体を崩壊させる事だってあり得るのだ。このように考えると、翁長知事の今回の失態は実に残念であり、取り返しのつかない事態に至る恐れさえある。

<一方で条件を付した。その条件を満たすには、県による別の同意が必要となる。このため防衛局が思い通りに工事を進められるかどうかは不透明な要素が残る。(同紙)>

甘い、実に甘過ぎる。肝心の移植を許可しておいて、条件を付したから防衛局が工事を進められるかどうかなどと仮定の話をしてどうなる。一体、翁長県政は本気で新基地を阻止する気があるのか。

<県幹部の一人は「『撤回』と採捕許可は全く別の話だ」と否定した。県は今回の許可と関わりなく、撤回を含めさまざまな検討を続けるという。県民が納得できる説明ができるか問われる。(同紙)>

県幹部がこのように呑気な体たらく振りだと、もはや翁長県政に新基地を阻止する気はないのではないか、と疑わざるを得ない。

翁長県政は、仲井真前知事同様、土壇場で県民を裏切るつもりだと、誰もが疑心暗鬼に陥っても不思議ではない状況になって来た。県知事選挙は11月に行われる予定になっている。もうすぐそこまで来ている。名護市は辺野古容認派に敗北した。今の厳しい状況下で、県政があやふやな態度では知事も容認派に奪われる恐れが強い。県民の心が離反すれば翁長知事の再選はあり得ない。

今回のサンゴ移植を許可した翁長知事の責任は重い。翁長知事と県幹部諸君は猛省してもらいたい。そして、新基地阻止のために気を引き締めて、真剣に県政を運営してもらいたい。

敵は売国奴政治家・安倍晋三だ。不誠実で頭の悪いお坊ちゃん政治家に屈するわけにはいかないのだ。