沖縄よ! でぃぐぬ花日記

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渡具知次期名護市長は苦難の道を歩むことになる

渡具知武豊氏が20,389票を獲得して、名護市長に当選した。稲嶺進現市長との票差は3,458票である。

予想以上の大差と言える。正直のところ、ぼくは僅差で稲嶺氏が勝つと思っていた。はっきり言って残念である。敗北の原因はいろいろあるだろうが、名護市民ではないぼくがその原因を、表面的に分析したところで、なんの説得力も持たないだろうし、やろうとも思わない。名護市民でない人間に名護市民の生活上の苦悩は分かるはずがない。

ただ次のような感想を持ったのは事実だ。渡具知氏は、敢えて新基地問題を争点にしないで、終始名護市の経済の活性化を訴えた。投票の結果だけから判断すれば、渡具知氏の戦術はズバリ的中したと言える。名護市民は、新基地問題よりも経済活性化を選択したことになる。つまり、渡具知氏が繰り返し訴えた経済振興を支持したのである。それだけ名護市民は経済的に困窮していた、ということだろう。しかし、このような生活実感は部外者には分かりようがない。だから現実をありのままに受け止めなければならないのだろう。しかし、果たして名護市民の今回の選択は正しかったと言えるだろうか?

渡具知氏は、「海兵隊の県外・国外移転」を政策に掲げているが、いずれ海兵隊の基地である辺野古新基地建設を容認することになる。何故なら、彼は再編交付金を貰えるなら貰いたいと言明しているからだ。だから容認するに決まっている。そして、それを元手に経済振興を図るつもりなのだろう。

新基地建設と引き換えの経済振興。過去何度も我々県民が見せられてきた精神が堕落していく姿だ。今回名護市民は、記憶消失症になったのか、20年前と同じような三文オペラを見事に演じてくれた。20年前、当時の比嘉市長は、10年で1000億円という巨額の振興策に頭の中が真っ白になり、辺野古新基地建設を容認したのだった。しかし、それで名護市は良くなったのか?良くなっていれば、渡具知氏が今回の選挙で経済活性化を訴える必要はなかっただろう。あの時造った箱物が、現在はその維持費負担で苦労している、とういのが実態ではないのか。渡具知氏が目当てにする再編交付金は、10年間支給という期限付きだ。10年後交付金は切れるが辺野古新基地は残る。新基地建設に投入される何千億円もの巨額の殆どは本土の大手ゼネコンに還元される。地元建設業者に落ちる金はおこぼれ程度だ。そして100機のオスプレーが沖縄全域を飛行訓練と称して自由に飛び回る。特に高江のヘリパッドを抱える北部地域は、更に危険度が増して住民は無力感に苛まれて呻吟するだろう。「あの時、容認するべきではなかった」と、後悔する時が必ずやって来る。しかし、その時やすでに遅し。安倍売国奴政権は、日米地位協定を抜本的に変える意思が更々ない。売国奴政党・自民党政権が続く限り、日米地位協定は頑として動かないだろう。

更に危惧されるのは、辺野古新基地が完成しても、普天間飛行場が返還されない可能性さへあることだ。何故なら米軍は、故意に8条件を付けてきたからだ。その中には、緊急時において、那覇空港を米軍が使用できること、とある。この条件を呑まなければ、普天間飛行場が返還されない恐れがある。県民の苦悩など、彼らの関心事ではない。占領意識丸出しの身勝手な要求を平気で突きつけてくる。正義は武力にあり、これが米軍の政治哲学だ。

ボールは稲嶺市長から渡具知次期市長に渡された。沖縄の政治には大きな困難が伴う。常に米軍基地問題が絡んでくるからだ。政治家が真剣になればなるほど、必然的に日本政府と米政府に対峙しなければならなくなる、という宿命を沖縄の首長は背負わされている。ある時は妥協しつつも、しかし、我々の先人達は勇気を持って言うべき事は言ってきた。少しづつではあるが、歴史を前に進めて社会を良い方向へ変えてきた。民族の誇りを失ってはならない一念で家族を、地域共同体を、そして沖縄を我々の手で守ってきたのだ。「沖縄の風土も、海も山も、空気も風も、全て政府のものではない。沖縄に住んでいる我々のものである」以上、当然のことである。

稲嶺市長も我々の先人同様、在任期間中、言うべきことをはっきり言ってくれた。苦悩の8年間であったにしても、安倍売国奴政権と堂々と渡り合った態度は立派だった。その意味では、今回選挙で負けたとはいえ、少しも悲観する必要はない。欲を言えば、設計変更許可申請を拒否する稲嶺市長の姿を見たかったのだが、選挙の結果が出た以上潔く諦めるしかない。

決して負け惜しみではない。我々沖縄県民は、稲嶺市政8年間を誇って良い。稲嶺進さん、ありがとう。これからは、ボールを受け取った渡具知氏が、どのような政治をするか、とくと拝見することにしようではないか。「海兵隊の県外・海外移転」と再編交付金を受取る整合性をどうするのか、拝見させてもらおうではないか。基本が卑怯な政治がうまくいくわけがない。「輝く名護市!」は短期間で化けの皮が剥がれるに決まっている。そもそも市長になる動機が不純である以上、早番市民の心が離れていくのは間違いない。勿論、全てぼくの杞憂であって欲しいのだが。渡具知氏には名護市を立派な街にしてもらいたいが、残念ながら無理だろう。苦難の道を歩く姿が、今から目に見えるようだ。

その苦難の質が、稲嶺市長と渡具知次期市長では異なる。稲嶺市長の苦難は正義の苦難であり、終われば心が晴れやかになる性質のものである。そして、渡具知次期市長が今から歩むであろう苦難は、任期を全うした後も残る堕落した性質のものである。

「有るからといって、喜んではいけない。失ったからといって悲しんでもいけない。人が歩いた道は後で知られる。」

これは、母が生前ぼくによく語った沖縄の諺のひとつである。稲嶺市長に捧げたいと思う。稲嶺市長、8年間ご苦労様でした。本当にありがとうございました。心晴れやかに余生を楽しんでください。