沖縄よ! でぃぐぬ花日記

祖国は日本。郷土は沖縄。日本国を愛し、沖縄を愛する者として、発信していきます。

沖縄全域が海兵隊パイロットの飛行訓練地域

今朝の新報の「論壇」にダグラス・ラミス氏の寄稿文が掲載されている。ぼくはラミス氏と、約半年前に会っている。島ぐるみ会議がチャーターしたバスに、同氏と同乗して辺野古へ行き、辺野古新基地反対闘争に参加したのである。それまでにも何度かご一緒したが、ぼくは去年9月から辺野古へは行っていない。その間、VFPで活躍する氏の記事を県紙で見ることはあったが、今朝の「論壇」で健筆を振るう氏の健在ぶりを知ることができて、正直嬉しい。というのも、いつも首を左側に傾げて歩く、痩せて長身の弱々しい氏の姿を見ると、体調は大丈夫だろうか、と心配になったからだ。他の参加者も同じ思いだったのではないだろうか。辺野古行きで親しくなった人に、知念さんという、ぼくと同年輩の男性がいる。彼は、数年前から辺野古へ頻繁に通う辺野古通である。バスでマイクを握る彼の軽妙な語り口は、同乗者に大変な人気があった。当然、彼はラミス氏のことも良く知っていた。その知念氏が、或る時、ぼくに教えてくれた。ラミス氏は、何年か前に病気したことがある、それ以降身体が弱ったようだ、と。にもかかわらず、老体に鞭打って、時々辺野古に参加するラミス氏は、強靭な精神と信念の持ち主だ。那覇から辺野古まで行き、座り込みに参加して、機動隊に排除されるのは決して生易しいことではない。高齢者にとっては、かなりきついことである。狭い沖縄に駐留する広大な米軍基地の不条理性を真剣に訴えるその姿には、正直、頭が下がる。そしてぼくの知る限り、ラミス氏は、知的でユーモアに溢れる好人物であった。ともにした時間は短いが、良い思い出がたくさんできた。
ある時、青いテントの休憩所で、多くの参加者を前に、ラミス氏がマイクを握って歌を唄ったことがあった。Sylvieと言う題名の歌だが、面白い歌詞なので、帰りのバスで、氏にメモ用紙とペンを渡して、歌詞を書いてくれるように頼んだら、小さなメモ用紙に、大きな文字で書いてくれた。4枚のメモ用紙は、今も大切に、机の引き出しの中にしまってある。実は、ぼくはその歌詞を当ブログで紹介したことがある。去年の8月3日に「権力に対する非暴力闘争:12回目の辺野古」の中で書いているので、興味のある方は是非見てもらいたい。
さて、「論壇」に移るとして、ラミス氏の主張はこうだ。2016年12月に起きたオスプレイの墜落大破事故の際、流れ出たマニュアルをラミス氏は読んだ。その半分は、緊急措置について記されている。ラミス氏は、次のように述べている。
<想定される緊急事態を数えると300ケースを超える。「着陸せよ」と支持されているのが125で、それが3分類される。つまり「うまくできそうな状態になったら」「可能なら」「今すぐ」である。それ以外は「災難」である。(略)沖縄の空を飛ぶ米軍機にとって「うまくできそう」な場所は、嘉手納や普天間基地、または那覇空港が近くになければ、砂浜や畑だろう。「可能」な場合とは、道路や駐車場、学校のグラウンド、ゴルフ場、ダム、やんばるの木の少ないところ、住宅の庭など。そして「今すぐ」や「災難」は、どこでも、を意味する。(略)沖縄のどこでも飛び回っている以上、マニュアルは「・・の場合、沖縄のどこでも適切なところに不時着しろ」という意味だ。米軍航空団にとって「沖縄」は不時着場であり、不時着、墜落、それへの対応も訓練として組み込まれている。>
以上、オスプレイの緊急措置マニュアルを分析したラミス氏の文章からわかることは、沖縄全域が海兵隊パイロットの飛行訓練場になっている、ということだ。実に恐ろしいことである。民間航空機のパイロットの訓練が、住宅地の上で実施されることはあり得ないことを考えるならば、基地の自由使用を認める日米地位協定が、いかにひどい欠陥のある不平等条約であるかが分かる。問題の根本的解決を図るためには、海兵隊全面撤退を県民投票にかけることが、その第一歩となる。今の状態が続けば、県民の命が犠牲になる大惨事が起きる可能性は極めて高いと言わなければならない。