沖縄よ! でぃぐぬ花日記

祖国は日本。郷土は沖縄。日本国を愛し、沖縄を愛する者として、発信していきます。

勇馬氏に答える

勇馬様。返信は急がない、というお言葉に甘えてゆっくり過ごしておりました。しかし、貴方の論述はいよいよ手厳しく、誠実に対応するには頭の中をスッキリさせなければならない、と思いながらもずっと悶々としていたのも事実です。
幸いというべきか、一昨日辺野古へ参加してクタクタに疲れたおかげで熟睡に恵まれ、その恩恵は今日まで続き、おかげで私の凡庸な頭脳は、比較的スッキリしています。勇馬さんの文章を引用しながら、私の見解を述べたいと思いますので、ご容赦願います。

<この嘉手納に加え、普天間辺野古が抑止力として必要だというのが日本政府の見解です。それを否定し、嘉手納だけで十分とするのであればその根拠が必要です。それに触れないのは思考回避ではないでしょうか?>

繰り返しになりますが、私は沖縄に海兵隊が駐留する必然性はないとする立場です。その根拠となる種々の情報を列挙すると次のようになるかと思います。
1:中国の艦船、航空機の監視、警戒は海上保安庁海上自衛隊航空自衛隊の役割。在沖米軍では嘉手納基地の電子偵察機や対潜哨戒機などが任に当たる。海兵隊の出る幕はない。
2:在日米海兵隊トップのウィスラー司令官(当時)は、2014年4月の記者会見で「 尖閣諸島は極めて小さな島の集まりだ。脅威を除去するために、兵士を上陸させる必要すらないかもしれない。敵の部隊が島に上陸した場合でも、海と空からの攻撃だけで排除できる。」と述べた。海兵隊は必ずしも必要ではない。
3:軍事ジャーナリストの神浦元彰氏は次のように述べている。「 尖閣には滑走路がない、水も食料もない。そんなところに中国の漁民に扮した軍人数百人が仮に上陸し、旗を立てて万歳したところで全く意味がない。仮にそうした事態になれば、近代戦で重要なのは、制空権と制海権である。尖閣有事への対処は航空、海上自衛隊と、米空軍の嘉手納基地が十分に担える。」すなわち海兵隊の出る幕なし。
4:海兵隊の実情に詳しいジャーナリストの屋良朝博氏は次のように指摘している。「 平時の在沖海兵隊の任務は、アジア太平洋地域で深刻な自然災害が起きた場合の復旧支援や紛争への即応だ。タイやフィリピン軍との共同演習で、他国との信頼関係の醸成も重視している。このため1年のうち8〜9ヶ月は艦船でアジア太平洋地域を巡洋しており、沖縄を留守にする時間が長い。在沖海兵隊が大規模に移動する際には、長崎県佐世保市に駐留する強襲揚陸艦を沖縄に派遣し、輸送ヘリなどを積み込むが、この作業に一昼夜かかる。地理的優位性だけを論じるなら、九州に海兵隊を置いた方が効率的だ。」
5:『沖縄と海兵隊』(副題:駐留の歴史的展開)を読むと、海兵隊の生い立ちから今日までの歴史が詳しく書かれていて、全米軍に占める海兵隊の役割がよくわかる。全編を通して海兵隊が沖縄に駐留する必然性を見出すことは困難である。
以上ですが、勿論これだけではありません。海兵隊に関する情報は他にも数多くあります。それらを参照して得た結論は、沖縄に海兵隊を駐留させる戦略的必然性はない、ということです。勿論、中国の脅威に対して、在沖海兵隊はなんら抑止力にはなり得ません。日本政府の見解は、在沖海兵隊は必要であるとしか言っていません。何故必要なのか、戦略的観点からの詳しい説明は一切ないのです。今迄、国防を米国に依存してきた国策のツケが回ってきた結果だと言えるでしょう。

<Kinbushi様(理由は後日述べますが当分ペンネームで)は穴だらけの議論と認識のもとで、体を張った反基地闘争に参加されているのですか?血気にはやるまえに検証を、とお願いしたのもこの点でした。>

海兵隊不要論は、在沖米軍に関係する種々の資料を限られた範囲ではあるが、私なりに分析して得た結論です。勿論その分析が完璧であるわけがありません。その意味で「 穴だらけの議論 」という言葉を使ったのですが、少し迂闊だったかもしれません。しかし理論が完璧でなければ行動を慎むべきだとするご意見に対しては、疑問を感じざるを得ません。軍事や安全保障に関して、果たして完璧なる理論が成立し得るものでしょうか?国際情勢は日々刻々と変化しています。それに対応して軍事戦略も日々変化修正されていきます。その過程の中で得た結論に従って、私は辺野古新基地建設反対闘争に体を張って参加する決断を下したのです。決して血気に流行ったからではありません。血気にはやるほど、若くはありません。

<同じ国家の専権事項たる外交問題で、辺野古に関しては米国に出向いてまで抗議し、尖閣に関しては沖縄に居てさえ口をつぐむ翁長知事の言動とそれを支持する貴下のご意見は明白な矛盾ではありませんか。>

私は、先日の返信で、この件に関しては十分論を尽くしたつもりです。矛盾はありません。

<貴下の如き愛国者愛国心愛郷心の間で板挟みになる不幸な事態は誰がその原因を作ったのか?考えてみてください。私の先の議論の最大のハイライトは、“この反対闘争を一番喜んでいるのが中国である、ということは大局的にみれば愛国者であるはずのKinbushi様が敵国を利する行動をとっていることになりませんか?”でした。誠実に応答頂けるのであればこの疑問に真っ先にご回答をお願いしたいのです。
沖縄の反基地闘争にはチャイナマネーが間違いなく流れています。闘争現場にハングル文字が登場する写真も見ました。>

日本国を愛し沖縄を愛する者として私は自己認識しますが、その間を引き裂く壁を作るものは、国防を米国に依存してきた、そして現在も依存している歴代政権そのものです。在沖海兵隊はなんら抑止力になり得ないとの結論を得た以上、辺野古闘争に身を投じることが、中国共産党の利益に繋がるとは思いません。
在沖海兵隊が撤退すれば、中国が沖縄を取りに来るというのは、理論的裏づけに欠ける短絡的思考で妄想に過ぎません。<沖縄の反基地闘争にはチャイナマネーが間違いなく流れています。>と勇馬さんは断定されますが、ならばその情報源を教えてください。中国のどのような組織から沖縄のどのような組織へチャイナマネーが流れているのか、具体的に説明してください。断定した以上は、その説明責任があるはずです。闘争現場にハングル文字があった、とのことですが、それでなんだというのでしょうか?先日の返信で説明したように、外国勢力辺野古闘争を牛耳っている、もしくは多大なる影響を及ぼしている事実は全くありません。何度も現場に参加している者として、確信を持って断言します。

辺野古移設に反対する多くの県民はこの自分自身の検証なしに沖縄タイムスなどのマスメディアに踊らされています。これは本土の状況と全く同じです。朝日、毎日に踊らされる者は多いのです。その衆愚県民が翁長知事を支持しているからといって、その選択が正しいとは限りません。民主主義だから日本政府は沖縄県民の選んだ知事に従えというのは暴論です。>

衆愚県民?この言葉が可能なら、衆愚国民という言葉も可能でしょう。「 もはや、この国はダメなんじゃないですか?」西部邁氏の決め台詞、捨て台詞です。私も大衆なる概念が嫌いです。特にイデオロギーに支配された集団は肌に合いません。私は革命イデオロギー辺野古に参加しているのではありません。現政権の不当な政策を阻止するために、全くの個人の資格で参加しています。
<民主主義だから日本政府は沖縄県民の選んだ知事に従えというのは暴論です。>
従えではありません。圧倒的票差で翁長知事を選んだ沖縄県民の意思を尊重せよと言っているのです。暴論どころか、正論ではないですか。勇馬氏は、民主主義をどう理解されているのか、ご見解を伺いたい。

<私は貴ブログを拝読して沖縄を見る目が若干変わりました。Kinbushi様は信頼できる人物ですのでその推薦図書『戦う民意』もいずれ手に取る予定です。但し直感的に彼には胡散臭さが拭えませんので批判的に読むことになるでしょう。以上、今回はかなり厳しいことを云いましたが、これはKinbushi様を、本土と沖縄の健全で核心的な保守を架橋する能力と志を持った貴重な人材と買っている故ですのでご寛恕のほどを。考えを進める一助になれば幸いです。ご回答や反論を期待しますが、急ぎません。>

勇馬氏の真剣な問いかけに感謝します。本質をつく鋭い議論にたじろぎつつも、その誠実な姿勢に対しては、こちらもできるだけ誠実に応えなければなりません。しかし、なにしろ浅学の身ですので、十分に答えることができたかどうか、多少不安でもあります。この真剣な議論のおかげで、私自身強い刺激を受け、知識が整理され研ぎ澄まされて行くような気がします。仮にこの先、在沖海兵隊の駐留意義を解き明かし、抑止力に不可欠の存在として立証する決定的論説が出てくれば、私は現在の考えを改める用意はあります。そのくらいの精神的柔軟性は持っているつもりです。「 西尾幹二のインターネット日録」で貴方が紹介した『プリンス近衛殺人事件』は私の貴重な本の一冊になりました。多くの人々に読んでもらいたいと願っています。奇しくも今日の沖縄は慰霊の日です。(6月19日の当ブログへの勇馬氏のコメントに対する返信)

お知らせ: 保守も革新も無党派層の人も辺野古へ行こう!No Marine !
月曜日 午前9時発 平和市民連絡会(往復カンパのみ)
火曜日 午前9時発 オール沖縄那覇の会
水曜日 午前6時発 平和市民連絡会  
午前9時発 島ぐるみ会議(往復千円のみ)
木曜日 午前9時発 平和市民連絡会
金曜日 午前9時発 平和市民連絡会
土曜日 午前6時発 平和市民連絡会  
午前9時発 島ぐるみ会議
 (いずれも県庁前広場発)