沖縄よ! でぃぐぬ花日記

祖国は日本。郷土は沖縄。日本国を愛し、沖縄を愛する者として、発信していきます。

3回目の辺野古

今日辺野古へ行ってきた。これで3回目だが、帰りのバスの中では、正直疲れ切っていた。これまでは、島ぐるみ会議の土曜日発のバスで行ったが、2回とも機動隊の動員はなく、工事車両の搬入もなかった。それで今回は趣向を変えて、平和市民連絡会のバスで行くことにした。総勢18名。少ない。参加費ではなく、カンパをお願いすると言うことで、大きな紙袋が回ってきた。島ぐるみ会議は、参加費として千円に決まっていたので、同じ額で良いだろうと思い、強制されてではなく、あくまでも自分の意思で千円札を入れた。100円でも200円でも良いらしいが、そんな気持ちにはなれない。
現場に着くと、うるま市宜野湾市沖縄市から参加者が大勢来ていた。総勢で150人くらいか。長板を置いただけの椅子に座って、隣の人にいろいろと話を聞いてみると、午前9時頃に、工事車両が50台ほど入って行ったと言う。我々が到着したのが10時半だから、間に合わなかったことになる。リーダー格の一人、伊波氏が新たな戦術を考える必要があるかもしれない、と言うような話をしていた。
昼食を終えて間も無く、機動隊が来た。できるだけ中央に集まるようにとのアナウンスに従い、中央の1番前の席に座った。ごぼう抜きの標的になる場所だ。大型車両から降りて来た大勢の機動隊員が、ぞろぞろとぼくらの方へやって来た。機動隊は帰れコールの中、一人づつごぼう抜きされて行く。二人が片方の脇をそれぞれ抱え、もう一人が両足を持ち上げる格好で、次々と引き抜いて行く。ぼくの隣に座っている「文子おばあ」こと島袋文子さんは、流石に高齢のため、腰掛けている椅子ごと持ち上げられて移動させられた。いよいよぼくの番だ。
二人が脇を片方づつ抱えて、”さあ、立ってください”と言うのを聞かないで、そのまま踏ん張っていると、もう一人が両足を持ち上げ、3人がかりで運んで行く。機動隊の車両にぶち込まれるのかと思ったら、少し離れた歩道に降ろされた。そこから移動できないように、周りを数名の機動隊員が囲んでいる。そこへ他のメンバーが次々と運び込まれてくる。その間も、機動隊は帰れコールが木霊して、現場は騒然となった。搬入入り口に陣取る人たちが全員排除されると、工事車両が流れるように入って行く。大声で反対の声を上げるが、どうすることもできない。この状態が30分から40分くらい続いただろうか。
搬入が終わると、機動隊は引き上げた。我々の負けだ。悔しい。虚しくなる。心が崩れそうになる・・・・。なんだ、こんなことだったのか。ここに集まる人々が日々味あわされてきたのは。少し考えてみた。しかし、これはすごいことじゃないのか?
徹底的な敗北にもめげずに、戦いを挑み続けること。これはすごいことじゃないのか?理が我にあれば、敵がどんなに強大であろうと、一歩も引かない。辺野古の人々は、まさしくこれを実践してきたのではなかったか?この場合の敵は、在沖米軍であり、安倍内閣である。と言うように考えて、なんとか崩れそうな心が、持ち直して来た。
そして15時頃、機動隊はまたやって来た。抵抗して、ごぼう抜きにされて、工事車両が流れるように基地の中へ入って行く。そして終了と同時に、機動隊が引き上げて行く。予期された敗北。これで良いではないかと開き直る。どんなに打ちひしがれようが、また立ち上がる。ウチナーンチュもっともっと図太くなれ!敵が降参するまで決して諦めるな!

お知らせ(保守も革新も日本人なら辺野古へ行こう!NO MARINE !)
月曜日 午前9時発 平和市民連絡会
火曜日 午前9時発 オール沖縄那覇の会
水曜日 午前6時発 平和市民連絡会  
               午前9時発 島ぐるみ会議
木曜日 午前9時発 平和市民連絡会
金曜日 午前9時発 平和市民連絡会
土曜日 午前6時発 平和市民連絡会  
               午前9時発 島ぐるみ会議
 (いずれも県庁前広場発)