沖縄よ! でぃぐぬ花日記

祖国は日本。郷土は沖縄。日本国を愛し、沖縄を愛する者として、発信していきます。

岡本太郎の「 明日の神話 」

10年ほど前、東京で働いていた頃、渋谷駅に通じるビルの中に、岡本太郎の「 明日の神話 」という壁画が展示されていた。高さ5・5メートル長さ30メートルもある巨大壁画だ。
そこへ暇を見つけてはよく観に行った。それは建物の広大な空間の中の壁に、床から3メートルほどの高さに固定されていた。その下を、埃が舞い上がって壁画をダメにしないかと心配になるほど、多くの人が行き交っていた。
この世界的に有名な作品に対して、通り過ぎるほとんどの人は無関心だ。立ち止まって見る人もいるが、ほんの僅かである。長い時間、床上から見上げると首の負担が大きくなるので、中二階に登り、そこから見ることにした。ただ、その場合は大きな柱が邪魔になる。それで左右へゆっくり動かなければならない。右斜めから見たり、左斜めから見たりした。
作品から20メートルほど離れているが、作品自体が大きいため、こちら側に迫ってくるような迫力がある。激しい情熱と破壊、そして告発。「 明日の神話 」は核時代を生きる人間に対する過激なメッセージだ。核時代を生きる諸君、覚悟はできているか?核戦争は、遅かれ早かれ、必ず起きる。その時、諸君は覚悟はできているか?
この岡本氏の乱暴な問いかけに対して、答えを用意している人間は、一人もいないに違いない。我々凡人は日常生活に心奪われて、核戦争が現実に起きるなんて、本気で考えたりしない。
そんなことは、目の前を行き来する大勢の人を見れば分かる。個人的関心ごとで頭の中はいっぱいだ。大衆と「 明日の神話 」は何事もないかのように、すれ違うだけだ。
いったい、右に傾いた髑髏の真っ赤な目は何を睨みつけているのだろうか?この髑髏は岡本太郎自身に違いないとぼくは勝手に想像する。その真っ赤な目に、画家としての、言葉にならない強い意志を感じる。沈黙の一瞬の抵抗。破滅の瞬間でもまだ生きている魂。岡本太郎は核時代を生きる自分自身の覚悟を、「 明日の神話 」の中に埋め込むことに成功した。その時、岡本氏の心を横切ったのは、絶望だったか、それとも一片の希望はあったのか、誰にもわかりようがない。そんなとりとめもないことを考えながら、ぼくもまた群衆に交じり家路に着いた。少し胸を熱くしつつ。

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土曜日 午前6時発 平和市民連絡会  
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 (いずれも県庁前広場発)