沖縄よ! でぃぐぬ花日記

祖国は日本。郷土は沖縄。日本国を愛し、沖縄を愛する者として、発信していきます。

辺野古へいこう!

昨日、初めて辺野古へ行った。

県庁前のバス停に着いたのが7時50分頃。受付時間の8時半には少し早いので、近くのファーストフード店で軽い朝食をとることにした。レタスバーガーを食べ、コーヒーを飲みながら、店に置かれた琉球新報にざーっと目を通す。少し緊張しているためか、文字が虚に流れていく。時間がきたので、店を出て横断舗道を横切って、県議会横にある市民広場へ向かう。数本ある柱を囲む簡易椅子に、数人がバラバラの状態で座っている。その前で、痩せて背の高い男性がノートを持って立っている。
受付の人に違いないとすぐわかった。辺野古行きバスの受付でしょうか?と聞くと、ハイ、今日のリーダー役を務める岩村です、と言ってからぼくの名前を聞いて、ノートに書き込む。辺野古へ行くのは今日が初めてなので、気になることを聞いてみた。
昼食はどうするのか、途中で休憩は取るのか、と。昼食は現地のコンビニ店が利用できること、そして高速道路を行くので、途中の伊芸エリアで休憩することになっている、と答えてから、乗車時間やその他のことを丁寧に説明してくれた。
20分ほど待機してから、バスに乗り込んだ。車内は予想していたより綺麗で快適な座席である。乗り込んだ人数は27名。高速に入る途中で7名乗車したので総勢34名になった。
高速道路を走っている間、岩村氏の話が続く。内容は、沖縄に関する政府の対応、東南アジアの政治状況、等多岐にわたる問題を話した。丁寧で落ち着いていて、好感が持てる。
参加費として、千円の徴収があった。那覇から辺野古までのバス往復料金に置き換えて考えると、大変な割安である。通常のバス料金は、片道で1630円である。往復だと3260円になる。
できるだけ参加者に金銭的負担をかけたくないという配慮に違いない。有難い。
本土から来ている人の確認があり、3人の方が挙手した。岩村氏に促されて、その中の一人にマイクが回されて、話し始めた。大阪から来たと言い、辺野古に行く気になった理由を説明した。それから他の人も次々と、積極的にマイクを握って、それぞれの思い、考えを語った。みんな話がうまい。ぼくの想像だが、ほとんどの人が、何度も辺野古へ参加しているに違いない。多分、初参加者はぼく一人だけだろう。だからと言って、ぼくにマイクが回るということはない。このような集まりにありがちな肩苦しさがないのは、参加者がほとんど高齢者だからかも知れない。中には90歳になられる人がいた。上原さんという方で、東京で70年間生活したが、辺野古が心配で、つい3年ほど前に故郷沖縄に帰って来たという。今では辺野古の集会では、ちょっとした有名人らしい。
伊芸エリアで10分間の休憩を取った後、そのまま現場を目指して出発した。車窓から眺める山原の緑は豊かで美しい。ぼくの心の原風景は海だが、山や森の緑をみると、心が落ち着く。隣の席に座った女性は、もちろん初対面だが、いろいろ言葉を交わすうちに打ち解けるようになった。彼女は途中で乗り込んで来た7人のうちの1人である。
いよいよ辺野古到着である。第2ゲート前バス停で降りて、集会場所まで歩くことになった。長時間バスに揺られたので、歩くことで準備運動になる効果があります、という岩村氏の説明は、確かにその通りだと納得できるものだった。
歩いているうちに、ニュースの映像でよく見る青いビニールのテントがズラーっと並ぶところに来た。中には誰もいない。空っぽである。そのまま歩いて行くと、前方の道路の反対側に大勢の人が集まっている。道路を横切ってそちらを目指して歩く。機動隊の大型車両が一台停車しているその横で、多くの人が座って、その前で誰かがマイクを使って喋っている。
音量は大きくてよく聞こえる。
島ぐるみバスの人たちが到着したようです、というアナウンスが流れるが、大きな拍手が起きるわけでもない。非常に落ち着いた雰囲気で、淡々と進行している感じだ。
近くまで行って、機動隊車両の後尾の方で、歩道に立ったまま、演説というよりも、話を聞く。話の内容は、正直のところつまらない。しかし、酷いというものでは、勿論ない。
こういう集会では忍耐が必要だ。ただ気がかりなことがあった。それはいつ工事車両がくるのか、あるいは機動隊はどこにいるのか、ということである。
15分から20分間隔で、コンビニ、御手洗、駐車場の文字が書かれた大きな看板を両手で掲げて、歩道沿いに車道を歩く人がいる。希望する場所までミニバンで送ってくれるらしい。
行き届いた配慮に感心する。ぼくは、12時15分前くらいに利用した。その時の利用者は6名でミニバンは満杯となった。参加者の1人でもある運転手の方が、どこに行きますかと聞く。全員コンビニだという。昼食の買い物ができるのと、手洗いもあるからだ。
車だと短時間でついたが、歩くとなるとかなりの距離だ。手洗いを済ませてから、弁当と缶コーヒーを買った。同じミニバンに乗り現場に戻ると、両端をブロックに載せた長板に座って、昼食をとる。弁当を食べながら、隣に座った人といろいろ話を交わした。その男性は沖縄市から自家用車できたという。ここにはよく来るらしい。彼のおかげで多くのことを知ることができた。今日の参加者は100名を超えているので、今日は工事車両が入ることはないだろうと言う。何故だと聞くと、参加者が多いと機動隊は反対派を排除できないからだ、その理由は、反対者1人を排除するのに機動隊員4名が必要になるからだという。彼のいうことが本当なら、できるだけ多くの人が参加すれば、工事を遅らすことができる。これは重要な情報だ。数の勝負なら、参加者を増やすことだ。
反対派としては、もっともっと宣伝して、参加者を増やすように努力しなければならない。
15時に予定通り集会は終わりとなる。若い人が歌を歌ったりして、余裕の感じられる集会であった。道路の反対側で監視するために椅子に腰掛けている機動隊員が、反対派の話に拍手する姿には驚いた。機動隊との衝突もなく、いささか拍子抜けしたが、第2ゲート前では、プラカードを掲げて全員で抗議行動をした。歌を歌い、拳を突き上げて、辺野古基地建設反対のシュプレヒコールを大声で叫んだ。
実をいうと、ぼくはこういう運動は苦手である。若い頃から特定の団体に所属して活動するのは性格に合わず、同調できる政治集会なども、できるだけ避けて来た。
しかし、辺野古海兵隊基地建設反対は、単なる政治集会とは異なる。日本の真の独立が試される、今世紀最大の事案のひとつであると考えている。戦後72年が経過してなお、占領軍が居続ける理不尽さ。
にもかかわらず、政府は1兆円近い巨額の税金を投入して、ピカピカの新基地を占領軍に提供しようとしている。土地は国有化され、新基地は100年継続するだろう。新基地が完成すれば、日本の真の独立は100年遅れるであろう。
日本人の精神は主体性を失い、他力本願の哀れで情けない、ひ弱なものになるだろう。日本の国体は、音を立てて崩れて行くに相違ない。
それほどの危機感があるから、怠け癖の心に鞭打って、辺野古へ行く決意をしたのだ。
行ってみると、現場は統制の取れた、肩苦しさのない、そして不屈の精神に溢れた集会だったように思う。長い間現場で戦い続ける現場の人たちの知恵が生かされている結果だろう。
プラカードを持って歩道に立ち、通り過ぎる車に、手を振る数人の女性達がいた。
車道に少し踏み出して、皆さんにはご迷惑をかけているかもしれませんが、どうか私たちの運動を理解してください、と無言で手を振っているようであった。通りすぎる車は多くはないが、ブザーを鳴らしたり、手を振って賛同する人も少なくはなかった。
立ちっぱなしのまま、手を降り続ける女性達の姿に深く感動した。
特定の政党を支持しない人、特定の団体に所属しない人で、辺野古海兵隊基地建設に反対の人は、どうか辺野古へ足を運んでほしい。
ぼくも週に一度は参加するつもりでいる。特に若い人たち、動機はどのようなものでも構わない、軽い気持ちで良いから、辺野古海兵隊基地建設に反対なら、ぜひ一度は参加してほしいと思う。
帰りのバスの中で、来週から毎日バスを出すことになったという報告があったのでメモを取る。

メモの内容は以下の通り。
平和市民連絡会は月曜日、木曜日、金曜日
島ぐるみ会は水曜日、土曜日
オール沖縄那覇の会は火曜日
いずれも、那覇市民広場から9時出発

16時に家に着いた。久しぶりの遠出だったので、少々疲れたが、県民としての義務を果たすことがやっとできた、という思いがあり、心は爽快である。