沖縄よ! でぃぐぬ花日記

祖国は日本。郷土は沖縄。日本国を愛し、沖縄を愛する者として、発信していきます。

あゝひめゆりの塔

吉永小百合主演の「あゝひめゆりの塔」をビデオで観た。沖縄を誤解したお涙頂戴の、感傷的な映画だろうと、あまり期待はしていなかったが、予想に反して感動的で面白い良い作品だった。

特に感動した場面が二箇所ある。そのひとつは、米軍の凄まじい攻撃が続く中、ついに日本軍の大反撃が始まると言う嘘の情報を信じたひめゆり学徒隊は、ある日砲弾一つ聞こえない、静かな日に、大反撃が始まった証拠に違いないと喜んで、全員川で水浴びをしながらワイワイはしゃぎ回る。

そうしているうちに、突然、ウチナーグチで「谷茶前」を全員で大きい元気な声で歌いながら、カチャーシーを踊るのである。意表をつかれたぼくは、一瞬、吉永小百合はじめ全員がウチナーンチュになった感覚に襲われ、感動に震えて涙がどっと溢れてくるのを抑えることができなかった。

そのつかの間のオアシスを憎きグラマンが襲いかかり、多くの女学生が機銃で撃たれてしまう。そして、二つめの場面は、ある壕の中で、二谷英明演じる先生が生徒たちに言う、今までご苦労だった、今日で君たちの任務を解く、と。

悔しくてはじめは泣いて抵抗するが、仕方なく全員制服に着替えると、吉永小百合がひとりで、「浜千鳥」をウチナーグチで歌いながら踊りだすのである。

再び意表を突かれて、頭の中が真っ白になり、感動に震えて、大粒の涙が流れてくるのを止めることができなかった。

そして最後の場面。吉永小百合と同級生二人が摩文仁の崖に立っている。二人立ったまま抱き合い、吉永小百合が手榴弾の安全ピンを口で外して、自爆する。

何事もなかったかのように、摩文仁の海は静かで、浜辺に打ち寄せる波の音だけが聞こえる。− 終 −

「谷茶前」と「浜千鳥」は幼い頃から、どこからとなく、それこそいたるところから自然に耳に入り、また、目にしてきた歌であり踊りである。ぼくの血となり、肉となっている、と言っても決して言い過ぎではない。特に「浜千鳥」は思い入れの深い曲で、今でも何かの拍子で軽く口ずさむ時がある。世界の名曲の一つである、と勝手に自分で評価しているのだが。

どこからともなく、その哀調を帯びた三味線の調べが聞こえてくると、自然に胸の中が熱くなり、目頭が潤む。ヤマトゥンチュには理解できない、ウチナーンチュの情感ではないだろうか。

次回鑑賞する時は、「谷茶前」と「浜千鳥」の場面だけ繰り返し繰り返し見ることにしよう。この作品のおかげで、吉永小百合が今までよりグッと身近になったような気がする。大和撫子はウチナーンチュだった。