沖縄よ! でぃぐぬ花日記

祖国は日本。郷土は沖縄。日本国を愛し、沖縄を愛する者として、発信していきます。

「沖縄に内なる民主主義はあるか」を批判する

「沖縄に内なる民主主義はあるか」というブログサイトがある。

その内容は、民主主義制度を唯一の理論的武器として、沖縄の諸問題を在沖米軍の側に立って論じるという、ウチナーンチュとしては見過ごすことのできない酷い内容になっている。運営者は又吉康隆という人物で、同名の本をシリーズで出版している。今までに、確か10号まで出版しているはずだ。中身はブログで展開した論評を編集した体裁になっている。

さて、まずはこのブログの冒頭にある表明文を見てみよう。冒頭に掲載することからして、彼がいかにこの表明文に重要な決意を込めているか理解できると思うからだ。

《 私はウチナーンチュである前に人間でありたい。そして、民主主義思想家でありたい。沖縄に生まれ育った一個の人間として、アメリカや日本政府を非難すればが正義であると安易な主張をする沖縄の政治家、学者、知識人の思想を徹底して打ち砕く。》

又吉の思想傾向が、この表明文の中に凝縮されている。「ウチナーンチュである前に人間でありたい」ということは、ウチナーンチュでいることが恥ずかしい、嫌だと言っているのだ。それともウチナーンチュは人間ではない?あるいは、歴史上、ウチナーンチュが何か恐ろしい残酷なことでもやったということなのだろうか?そもそも彼がそうありたいと願う人間とは一体どんな種類の人間なのだろうか?本人は人間存在というものを一体どのように理解しているのか?

ウチナーンチュとしての誇りを持つぼくからすると、思慮に欠ける見栄っ張りな文章としか思えない。

「民主主義思想家でありたい」ご立派である。常識的に言えば、多くの人はそうなりたいと思うだろう。しかし、西部邁氏のように、民主主義に対して大いなる疑問を表明する保守思想家もいて、その評価は人それぞれであるが、又吉の説く民主主義がいかに幼稚なものであるか、彼のブログを引用しつつ、おいおい批判のメスを入れていくつもりである。

「沖縄に生まれ育った一個の人間として、アメリカや日本政府を非難すればが正義であると安易な主張をする沖縄の政治家、学者、知識人の思想を徹底して打ち砕く。」

なんとも勇ましい宣戦布告ではないか。自分は政府の側に立つ、政府を非難する人間は許さない、と宣言しているのだ。

ぼくは政治家、学者、知識人のいずれでもないが、沖縄に生まれ育った一人の平凡な人間として、日米両政府の間違った政策を遠慮なく批判するのは当然の権利であると確信している。そんなことは民主主義を持ち出すまでもなく、人間存在としてのイロハではないか。

断続的になると思うが、長期にわたってヒジャイこと又吉康隆の言論を彼のブログを素材にしながら徹底的に容赦なく打ち砕いていくつもりである。